2009年 12月 07日
endless nightmare
詩的で素敵。絵も音も。
ENDLESS NIGHTMARE
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# by ogawa_audl | 2009-12-07 13:34
2009年 11月 16日
Alex Steffen 2
二晩続けて講演を聞きにいったのですが、二日目はちょっとがっかり。
前日のフリだと、シアトルを例にとっていろいろ話すかと思っていたのですが、
そういった部分はほんのわずか。あとは前日と似たような包括的な話がメイン。ちょっと前日とかぶってたし。

彼がシアトルに対して望んでいたことは、簡単に言うと、北米で最初のカーボン・ニュートラルな街をつくりましょう、ということ。
出来る限り車を街から締め出して、自転車を使いましょう、
街の中心部をもっと高密化して、歩いて暮らせる魅力ある都市生活をしましょう、
とそんな感じ。

自転車といっても、シアトルは秋から春まで雨が降るので、その時期自転車はかなりやる気のある人じゃないとつらいと思う。
仕事場にシャワー室などが完備されてでもしないと。
でも彼は、同じような気候の北欧やオランダでも自転車にみんな乗ってるんだから、と言う。
うーん。

ここでちょっと考えたのは、ダウンタウンで南北に走る通りのどれか一本を自転車専用の屋根付きにしたらどうかと。
透明な素材で出来たアーチ状のトンネルの下を、少し前の北京のようにたくさんの自転車が走る。
屋根そのもののストラクチャもかっこよくデザインして木漏れ日が落ちるかのようにできるし、
区画ごとに、屋根のデザインをアーティストに作らせてもいい。
屋根の表面あるいはそこから吊り下げて広告による収入を得てもいい。
屋根の上から落ちる雨水はアーチ上の表面を伝って地上の緑を潤す。
そんな妄想が膨らんだので時間が出来たら絵にしてみようと思う。

さて講演の内容に戻りまして、
彼の指摘では、シアトルの現状は低密度でありデザインも貧しいという。
実際は歩いて暮らせる街に住みたいというひとが多いものの、まだまだそれが実現できていない。

ここで思ったのは、
郊外の一軒家にあって、都心の集合住宅にないものって何だろう?
ということ。
例えば、豊かな自然や緑、自分の庭、子育てに適した安全性、などかな。
今は昔、郊外型新興住宅地のリサーチをしたときに、住民の方々へのアンケートでも、
その地域に対して評価が高かったのが、緑や公園など。
一方で、安全面に関しては、懸念が高まっていた。つまり郊外だからといって以前ほど安全ではなくなっているということ。
では、都心の暮らしでは得られないと思われているそれらを、単純に都心の集合住宅でも導入してあげればいいんじゃないかと。
各戸庭付き緑が豊かな集合住宅。
そんなんできるのか、と思いきや、すでにそれに近い試みをしているのがコペンハーゲンの建築家BIGによるMountain Dwellings。
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コンセプトと建設の様子をまとめたビデオはこちら
これは回答のひとつですが、カタチに関してはもっといろいろ考えることはできそうです。

あと面白かったのが、シェア のアイデア。
ひとりがひとつずつ所有するのではなく、複数の人でシェアをすることで、全体の数を減らして環境への負荷を減らそうというもの。
わかりやすい例でいうと、車や自転車のシェアというのはすでにあります。
しらなかったのは、日曜大工の道具とか、ファッションのシェアもすでにあるということ。
漫画喫茶はマンガをシェアしていますが、漫画喫茶の工作版みたいなのもあるそうです。
そこに行けば、日曜大工道具から、最新のレーザーカッターやら3Dプリンターやらを格安で使うことが出来る。
工房を時間割りで借りる感じでしょうか。

これを見ていて思ったのは、
シェアの好みによる、新しいコミュニティみたいなものが生まれそうだなと。
それから、極限ぎりぎりまでシェアできるものとできないものの境は何だろうか、と。

あと、IT系の話がありました。
ITをうまく使うことで、特に途上国のひとたちの生活を劇的に改善させることができるという。
まぁよくある話です。

IT技術の未来に関して、以前見たことがある映像を紹介。

ひとつはマイクロソフトによるもの
身近に存在する物理的な表面は全てタッチスクリーンになる、という。
ふと思ったのは、映像の中で描かれている建築は、現在存在しているものとそう大差ない。
マイクロソフトのひとたちは、建築デザインの未来に対して特になにも期待していないってこと??
実際にこういう技術が普及したと仮定したとき、タッチスクリーン化した建築の最適解というのを考えてもおもしろいかもしれない。

二つ目は、ノキアによるもの
携帯が多機能でスマートな存在になる。
i-phoneは日本の携帯は既に近いものとなっていますが、
ナノテクノロジーを用いて、さらに軽くてうすくて身体になじむものを追求しているようです。
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# by ogawa_audl | 2009-11-16 14:53
2009年 11月 12日
世界と人の世界と
どうもつきつめてゆくと、いろいろなものが生まれてくるときの源は、

(時間)×(エネルギー)×(創造性)

のただ3つじゃないかなと。
労働は上の3つから生まれるある種の価値交換で、お金もそう。どちらも人がつくったゲームの中で有効な副次的なもの。

そして、時間・エネルギー・創造性は、ひとに与えられた時間が有限である以上、
あるときプツリと終わってしまう有限なもの。
どこまで使いこなせるか。

最近ちょっと迷いがあったというかネガティブになっていたんですが、
フラーについて読んだり、新しいテクノロジーについて知ったり、マイケル・ジャクソンのThis is itを観たりして、
また息を吹き返してきました。創りたい欲求も学びたい欲求も上昇。

フラーのモルモットBの考え方に勇気をもらう。
モルモットYにどこまでなりきれるか。
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# by ogawa_audl | 2009-11-12 16:40
2009年 11月 12日
Alex Steffen
仕事の後にレクチャーへ。
Alex Steffenは、
シアトルを拠点として世界的に活動する環境系のライター・ブロガー・ヒューチャリスト。
コペンハーゲン市やカルガリー市の環境系アドバイザーもしているそう。
彼が率いるworldchanging.comは世界でも最も読まれている環境系ウェブマガジンのひとつだそうです。
洞爺湖サミットに引き続いて今年12月に行われるコペンハーゲン・サミットでも講演をするよう。

今日のレクチャーは、地球規模の環境問題や都市問題などの今とこれからについてざっとまとめたようなものでした。
ほぼ同じ内容のビデオがネットでも見れます。
しかも日本語字幕付きのものがあるので、興味があったら見てください。
なかなかおもしろいです。17分ちょっと。

個人的に面白いと思ったことや発見をいくつか。

環境問題を解くには、発展途上国のひとたちが今後どのようになってゆくかがとても重要で、
そのためには、発展途上国での貧困や教育を改善することが鍵になるということ。
そしてそれを実現するには、彼の提唱するbright-greenという前向きな環境対策やライフスタイルが必要になるということ。

途上国で使われる、ローテクでありながら生活を改善しかつ見た目もいいといういくつかのデザインがいいなと。

また驚いたことは、3日半(ビデオの中では4日間)で、シアトルと同じ規模の都市が生まれているということ。
しかし、それらの都市は発展途上国の都市であり、都市環境としてはそれほどよくない。

コンパクトで、環境志向で、かつアクティビティがあって楽しい街の例として出てきたのが、
バンクーバー、コペンハーゲン、バルセロナ。

などなど。



さてここからは、建築・都市関係についての個人的な考察を。

先進国とくに日本では建築関係の仕事が減ると言われています。
まぁそれは確かに、これまでの時代と比べると否定できない。
マネーゲームの破綻によるとばっちり不況で今は余計にそう感じるし、特に日本では建設系の予算が削られている。

では、建築や都市関連の仕事がなくなるかと言うと、
どうもそうではなさそうだなというのが、今日のレクチャーを聞いて感じたこと。

むしろ、増えるような気がする。

ではどんなものがあるのか。
ちょっと考えてみました。

1. 既存の都市を環境都市化する
  その例が、コペンハーゲンやバンクーバー。
  そのためには、環境都市というものの価値が一般に受け入れられる必要がある。そうしないとお金は流れないので。
  でもそうなっていくのはどうも間違いなさそう。
  日本において、先進的な環境都市といわれるような都市ってまだないんじゃないかと思う。

2.途上国で加速度的に生まれてくる都市を向上させる
  3.5日間でシアトルと同規模の都市が生まれてきているんですが、
  その内容はというと、スラムやバラックが多い。
  ここを魅力的な都市環境にしてゆくことは意義もあるし、そこの住民が豊かになればまた新たな市場となるはず。
  日本から見れば、ほぼ全て海外の仕事となるんでしょう。

3.新しい都市のビジョンそのものを描く
  これは実務的なビジネスというよりは少しアカデミックになりますが、
  明確な都市像を数値と文と絵で見せる(魅せる)ことはそれなりに価値があることだと思います。



数十年遅れて、バッキー・フラーのアイデアがようやく実現しようとしているみたいに見えます。
しかも、その時間的な遅れを、当時からその通りに予測していたフラーはすごい。

(明日も同じAlex Steffenによるレクチャーがあります。今度はシアトルにフォーカスするそうなので、引き続き聞きにいくつもり)
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# by ogawa_audl | 2009-11-12 16:03
2009年 11月 04日
今年3回目の
その一日いやーな空気になるわけなんですよね。

今朝また社内で予告なしで突然のレイオフの嵐。
今年に入って3回目。前回からまだ2ヶ月ほどしか経っていない。
今回はこれまでで最も多い人数。全体の15%くらい。それに結構長く勤めていたひとたちも被害にあった。
いよいよぎりぎりのところに来ているんだとわかる。

これまで見てきたレイオフは、だいたいが若い連中か、最近入ってきたばかりの比較的新しいひとたちが被害にあうことが多かった。

今回違ったのは、それなりに能力もあるし、会社のために残業も含めてがんばっていた30台半ばから後半のひとたちが被害にあったということ。
ぎりぎりのところで組織として回る人員と効率を考えてのことのようで。

役職がつくまで行かない経験年数5年から10年の世代は、
経験ではその上の世代には及ばないし、BIMなどの導入で新技術の獲得が求められる場面では
若い世代ほどうまく使いこなせない。同じくらい使いこなせても若い世代よりも給与が高いのが組織としての効率化ではマイナスとなってしまう。

今の流れをとことん突き詰めていくと、
役職レベル(組織のマネージメント)+若い世代(新技術を使いこなせてかつローコスト)
ということになる。
その場しのぎにはなるかもしれないけれど、これでは人材が多く育たないように見える。
転職が当たり前のアメリカでは、人材は外部から獲得したらいいので、内部で育てる必要はないのかもしれないが。
しかし、業界全体がそうなってしまうと、では誰がいったいどこで未来の人材を育てるの??ということになる。
こういう不況下では、一時的に人材が育たない「谷間」のような時間になる。
逆に、同世代に競争相手がいなくなった中で運よく生き残って育つことができたひとは、その後引く手あまたになるんでしょう。
実はこういうことは、アメリカの建築業界では今の40代くらいのデザイナーで起きている。
彼らが大学を出たときは、不況で仕事がなく多くのひとが別の業界に行ったかららしい。

さて若い世代がこれからどうしてゆくかですが、
いろいろなところでよく言われているように、新しい技術にも柔軟に対応し吸収していく姿勢が
もうずーっとずーっと中年になっても必要になってくるということなんだと思います。
まぁ正直しんどいんですが、何か新しいものが身につくというのを楽しんで前向きにいくしかないかと。

これから社会に出て行く学生さんたちに関してましては、
創造性や思考力ももちろんなんですが、
時間に余裕があるうちに、最先端のスキルなりを身に着けておけば、
市場に出たときに結構重宝されると思います。
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# by ogawa_audl | 2009-11-04 13:28
2009年 10月 29日
Javier Sanchez
メキシコ人若手建築家Javier Sanchezのレクチャーへ。
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かなり面白かった。
彼のつくる建築はそれほどの奇抜さはない。
でも、そこにはアイデアがつまっている。
予算も素材も決してリッチではないけれど、そこにはリッチなアイデアがつまっている。
建築家のための建築ではなくて、使用者のための建築である。
素直にその良さに気づかせてくれました。
住居系の仕事が多いみたいですが、どれも抵抗なく「住んでみたいな」と思わせるものでした。

彼の経歴を少し。
お父様はメキシコシティではそれなりに有名な建築家。
大学のあとに建築を1年やってみたけれど、ビジネスとして失敗したのでディベロッパーの仕事へ。
ディベロッパーの「言語」を学ぶ(これはいい経験だったと)。
その後再び建築設計の世界へ。ただし、会計のプロをパートナーに据える。
現在は、建築家兼ディベロッパーのような仕事の仕方をしている。

インド・ムンバイ出身の友人アニミッシュによると、同じようなこと(若い建築家がディベロッパーのようなことをする)は
インドでも頻繁に起こっているという。

でも少し疑問に思った。
ディベロッパーの道に行って、また建築設計の世界に戻ってこれるの??と。
たぶん、アメリカと日本では難しいんじゃないかと思う。

でも推測ですがなんとなく理由がわかりました。
インドもメキシコも共通して、
大学を出た瞬間に建築家のライセンスがもらえる。
だからしばらくまったく別のことをしていたとしても、
いつでも建築設計の仕事に戻ってこれる。

ちなみに彼はモンゴルのオルドス100にも若手建築家の一人として招かれています。

(メキシコシティは緑が多い街なんだなぁと知りました)
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# by ogawa_audl | 2009-10-29 16:55
2009年 10月 29日
re:style
AIA seattle でDesign Salonというシリーズもののイベントがありまして、最近続けて出ています。
大体ワインを飲みながら、数人のゲストのプレゼンを見ながらあれこれ議論するという感じ。
場所はだいたいSAMのレストランの奥の部屋。
友人ダンTが、AIA Seattle のコア・メンバーになりつつあるので、半ば強制的に参加させられていますが、
行ってみるとそれなりに発見があったり思考をするきっかけがもらえたりして有意義。
今年のテーマはRe:styleというもので、建築におけるスタイルについてあれこれ考えています。



前回のサロンでは、ある参加者の次のような発言が結構なるほどなと思ったところでした。

「産業革命までは、建築が「技術」という議論の中心にいることができた。
 しかし、それ以降は、建築はほかの分野の技術を借りてくる分野になった。」

なるほど確かに、建築の技術的な面での中心は、安全性を担保するための構造力学であって、
それがほぼ達成してしまったから、はっきりした方向性がないのかもしれない。
例えば、列車なら、今でも「もっと速い電車を」という感じで、方向性がはっきりしている。
そういった明確なゴールがないからなのか、建築はしばらく、あっちへいったりこっちへいったりしているように見える。
環境というゴールも出てきたが、それは車でもなんでも言われていることであって、建築独自のゴールではない。
とまあ、そんなことを考えたりしていました。




今日参加したサロンは、いつもと違ってレクチャー形式でした。場所はUW。
ゲストは、John Cava, Ken Oshima, Susan Jones, Dan Belcher.
Danの話が面白かった。
彼は同じ会社の同僚なのですが、専門は建築よりもむしろコンピュータ・サイエンス。
ある意味、建築家の観察者です。彼の視点を聞くとおもしろい。
建築家の仕事の仕方やデザインの生まれ方をすごく冷静に客観的にみてる。(私も彼にとっては観察対象の一人というわけになる)

グラスホッパーなどに見られるパラメトリックデザインは、自然の形態に近づいているように見える。
工学ではなくて農学・生物学。
コンピュータがないころは、対象を抽象化することで世界を理解しようとし、そこから工学的なものが生まれてモダニズムの建築も生まれた。
しかし今は、より複雑はものを抽象化のプロセスを経ずにそのまま解析できるようになってきている。
パラメトリックとかアルゴリズムといったものはその流れ。
建築もその新しい技術をいつものように「借りてくる」ことが始まっている。

コンピュータ上ではそういったデザインを表現できるし、そこから図面もおこせる。
ただ問題は、それをつくるためのインダストリーがまだ整っていないこと。
だから実際の建物にしようと思うと、今はまだコストが高い。
なので、経済原理で、従来から流通するプロダクトをつくった建築がつくられてしまう。

建築でスタイルが決まるときにはいくつかのタイプがあるように思う。
1.新しい技術へのリアクション(鉄とガラスの技術、コンピュータの技術)
2.なにかの目的があるとき(たとえばサステナブルは今現在の社会的要請で環境建築がプッシュされている)
3.いろんな利害の上での経済性
4.強引に個人がスタイルを作り上げるとき(例えばアートとか)

そして何より、社会的な存在でもある建築がスタイルを持つときは、建築に関係のない一般のひとたちから受け入れられる必要がある。
難しいのは定量化できるものとできないものがあること。
日照とかは定量化できるから、パラメトリックモデルなどの説得力が生まれる。つまりEfficiency(効率の良さ)だ。
しかし、Efficiencyの定義とはなんだろうか?と考えたほうがいいような気がする。誰がどうやって決めたの?と。
今現在言われているEfficiencyはある限られた側面でしかないのは確かだし、
今は定量化できない「心地よさ」のようなものも、いつかはEfficiencyに成りえるかもしれない。

スタイルのためにスタイルを無理やり作る必要はないんだろう。
ある目的や条件のもとで結果的に生まれてきたもの、そして皆がそれなりに納得したものがそのときのスタイルなんだろうと思う。
空間としてこの上ない心地よさが確保されたとき、そこに理想的なスタイルが生まれているのかもしれない。
まだ誰も見たことないスタイルが。
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# by ogawa_audl | 2009-10-29 16:28
2009年 10月 13日
ヨットレースに参加してきました
同じ職場のマーケティング部門で働く同僚(コロンビア大文系卒→NYでタクシードライバー→建築雑誌ライター→設計事務所)に誘われてヨットレースに初めて参加。
そもそもちゃんとしたヨットに乗るのは初めて。
彼の親父さんが地元でサブコンのオーナーということで、ヨットを持っています。
海と湖の街シアトルのお金持ちの遊びといえばヨットとかクルーザーというイメージがあるんですが、
まさにそんな方々の一人です。
ヨットにはキッチン、ソファー、シャワーも完備のキャビンもついています。

ヨットの上できれいな景色を見ながらランチでも食べてビールやワインを飲んで・・なんて素敵な日曜だろう

と勝手に夢見ていたのが大きな間違いで、ヨットレースなのでした。
本気レースでした。
舵をとるおやっさんの怒号が飛び交ってました。
景色なんて見る暇なしでした。
目の前のロープと帆を巻いたり押したり引いたりという風景しか見えてません。
いきなりの初心者に対して専門用語多すぎで、最初は何を意味しているのか理解するだけで一苦労。
人数が少なかったため持ち場を離れることができず、トイレに行く暇さえなかなかありません。
レース中に写真を撮るなんてほぼ無理だしあの状況でやったら多分ブーイング。
昼ごはんもレースとレースの間の10分間にとりあえず口の中に押し込んだサンドイッチとパワーバーでした。

連続して合計5レースくらいやって、くたくたに。
手のひらはロープにやられてひりひりするし、腕や背中の疲労がすごい。
でも戦いの後にマリーナに帰港するまでのあいだに夕日を見ながら船上で飲むビールは格別。
ヨットの仕組みがわかったのも面白かったし、疲れはしたもののいい運動になりました。
呼ばれたらまた参加してみたいです。
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# by ogawa_audl | 2009-10-13 17:34
2009年 10月 13日
オープニングに行ってきました
シアトルのすぐ北にShoreline市という小さな街があるのですが、
そこの市庁舎のオープニングがあったので行ってきました。
2年前くらいに仕事で関わっていました。予算がものすごく低い上にクライアントの要求する内容とデザインに
苦しめられたあまり楽しくない思い出が。。
当時デザインに関しては、市庁舎の方々>ディベロッパー>うちの会社の上司 とヒエラルキーがあり、
なかなか自分の思うようには行かず鬱憤がたまってました。
アーティストやライティングデザイナー、ランドスケープアーキテクト、構造エンジニアとの協働は楽しかったんですが。

でもオープニングでは、そこで働く職員のひとたちも、一般市民のひとたちも、みなうれしそうで、
聞こえてくるコメントもポジティブなものばかり。
このプロジェクトで数少ない楽しい思い出が増えたような気もしています。
デザインする側がかっこいいと思うものと一般ユーザーが欲しがるものでは、
求めるものが違うんだろうなと思ったりもしました。
やれることはやったし、これでよかったのかもしれないとも少し思っています。

今回市庁舎の建物は竣工しましたが、実は敷地全体が出来上がるのは年末。
パーキングと野外劇場と緑の丘が出来ます。
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# by ogawa_audl | 2009-10-13 17:06
2009年 10月 05日
ちょっと帰国してました
いとこの結婚式出席のために東京へ。

ついでに、東京周辺で見たかった建築などを見て回る。雨にも負ケズ。。
写真で見ていたものの確認作業といった感じ。
多摩美術大学図書館(遠かった)、座・高円寺、SIA青山ビルディング、新丸ビル、東京ミッドタウンなど。
それと同僚に頼まれたある店舗のメタルパネルに関する調査。
やはり実際に身を置かないとわからないし評価もしようがない。
素材や施工も行ってみてわかる部分が多い。

東京は優れた小さな空間の連続、という印象。
でも、すこーんと抜ける視線や大地や空とのつながりが感じにくいせいか、だんだんと疲れてくる。
私もすっかりシアトル病です。
慣れれば、密集するビルや空間や人の波が森のように心地よく感じるようになるんだろうか。

すっきり爽快なシアトルの空気に慣れると、日本の空気はねっとりとまとわりつく。
でもその湿り気が、日本人の空間に対する感性や文化をつくったんだなと改めて納得したりする。
湿度が高い分、空気に質量があるので、見えないものが見えてくるような感じがある。
気体と固体の中間というか。あるいは物質と空気があいまいにつながったような。



東京都現代美術館にもふらりと。
伊藤公象展を見る。
床に置かれた作品が、だんだんと都市計画の模型に見えてきて、ありだな、と思ったり。



それから、愛知の実家から車で出かけて常滑の街を初めて散策。
焼物で有名な街。
上下の起伏が激しい丘に、不思議な世界が展開していました。
こういうヒューマンスケールの斜面地建築複合体のような町はどこも面白い。

(時差ぼけと昼寝のせいでどうも寝つけません)
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# by ogawa_audl | 2009-10-05 19:03