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2009年 10月 29日
Javier Sanchez
メキシコ人若手建築家Javier Sanchezのレクチャーへ。
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かなり面白かった。
彼のつくる建築はそれほどの奇抜さはない。
でも、そこにはアイデアがつまっている。
予算も素材も決してリッチではないけれど、そこにはリッチなアイデアがつまっている。
建築家のための建築ではなくて、使用者のための建築である。
素直にその良さに気づかせてくれました。
住居系の仕事が多いみたいですが、どれも抵抗なく「住んでみたいな」と思わせるものでした。

彼の経歴を少し。
お父様はメキシコシティではそれなりに有名な建築家。
大学のあとに建築を1年やってみたけれど、ビジネスとして失敗したのでディベロッパーの仕事へ。
ディベロッパーの「言語」を学ぶ(これはいい経験だったと)。
その後再び建築設計の世界へ。ただし、会計のプロをパートナーに据える。
現在は、建築家兼ディベロッパーのような仕事の仕方をしている。

インド・ムンバイ出身の友人アニミッシュによると、同じようなこと(若い建築家がディベロッパーのようなことをする)は
インドでも頻繁に起こっているという。

でも少し疑問に思った。
ディベロッパーの道に行って、また建築設計の世界に戻ってこれるの??と。
たぶん、アメリカと日本では難しいんじゃないかと思う。

でも推測ですがなんとなく理由がわかりました。
インドもメキシコも共通して、
大学を出た瞬間に建築家のライセンスがもらえる。
だからしばらくまったく別のことをしていたとしても、
いつでも建築設計の仕事に戻ってこれる。

ちなみに彼はモンゴルのオルドス100にも若手建築家の一人として招かれています。

(メキシコシティは緑が多い街なんだなぁと知りました)
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by ogawa_audl | 2009-10-29 16:55
2009年 10月 29日
re:style
AIA seattle でDesign Salonというシリーズもののイベントがありまして、最近続けて出ています。
大体ワインを飲みながら、数人のゲストのプレゼンを見ながらあれこれ議論するという感じ。
場所はだいたいSAMのレストランの奥の部屋。
友人ダンTが、AIA Seattle のコア・メンバーになりつつあるので、半ば強制的に参加させられていますが、
行ってみるとそれなりに発見があったり思考をするきっかけがもらえたりして有意義。
今年のテーマはRe:styleというもので、建築におけるスタイルについてあれこれ考えています。



前回のサロンでは、ある参加者の次のような発言が結構なるほどなと思ったところでした。

「産業革命までは、建築が「技術」という議論の中心にいることができた。
 しかし、それ以降は、建築はほかの分野の技術を借りてくる分野になった。」

なるほど確かに、建築の技術的な面での中心は、安全性を担保するための構造力学であって、
それがほぼ達成してしまったから、はっきりした方向性がないのかもしれない。
例えば、列車なら、今でも「もっと速い電車を」という感じで、方向性がはっきりしている。
そういった明確なゴールがないからなのか、建築はしばらく、あっちへいったりこっちへいったりしているように見える。
環境というゴールも出てきたが、それは車でもなんでも言われていることであって、建築独自のゴールではない。
とまあ、そんなことを考えたりしていました。




今日参加したサロンは、いつもと違ってレクチャー形式でした。場所はUW。
ゲストは、John Cava, Ken Oshima, Susan Jones, Dan Belcher.
Danの話が面白かった。
彼は同じ会社の同僚なのですが、専門は建築よりもむしろコンピュータ・サイエンス。
ある意味、建築家の観察者です。彼の視点を聞くとおもしろい。
建築家の仕事の仕方やデザインの生まれ方をすごく冷静に客観的にみてる。(私も彼にとっては観察対象の一人というわけになる)

グラスホッパーなどに見られるパラメトリックデザインは、自然の形態に近づいているように見える。
工学ではなくて農学・生物学。
コンピュータがないころは、対象を抽象化することで世界を理解しようとし、そこから工学的なものが生まれてモダニズムの建築も生まれた。
しかし今は、より複雑はものを抽象化のプロセスを経ずにそのまま解析できるようになってきている。
パラメトリックとかアルゴリズムといったものはその流れ。
建築もその新しい技術をいつものように「借りてくる」ことが始まっている。

コンピュータ上ではそういったデザインを表現できるし、そこから図面もおこせる。
ただ問題は、それをつくるためのインダストリーがまだ整っていないこと。
だから実際の建物にしようと思うと、今はまだコストが高い。
なので、経済原理で、従来から流通するプロダクトをつくった建築がつくられてしまう。

建築でスタイルが決まるときにはいくつかのタイプがあるように思う。
1.新しい技術へのリアクション(鉄とガラスの技術、コンピュータの技術)
2.なにかの目的があるとき(たとえばサステナブルは今現在の社会的要請で環境建築がプッシュされている)
3.いろんな利害の上での経済性
4.強引に個人がスタイルを作り上げるとき(例えばアートとか)

そして何より、社会的な存在でもある建築がスタイルを持つときは、建築に関係のない一般のひとたちから受け入れられる必要がある。
難しいのは定量化できるものとできないものがあること。
日照とかは定量化できるから、パラメトリックモデルなどの説得力が生まれる。つまりEfficiency(効率の良さ)だ。
しかし、Efficiencyの定義とはなんだろうか?と考えたほうがいいような気がする。誰がどうやって決めたの?と。
今現在言われているEfficiencyはある限られた側面でしかないのは確かだし、
今は定量化できない「心地よさ」のようなものも、いつかはEfficiencyに成りえるかもしれない。

スタイルのためにスタイルを無理やり作る必要はないんだろう。
ある目的や条件のもとで結果的に生まれてきたもの、そして皆がそれなりに納得したものがそのときのスタイルなんだろうと思う。
空間としてこの上ない心地よさが確保されたとき、そこに理想的なスタイルが生まれているのかもしれない。
まだ誰も見たことないスタイルが。
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by ogawa_audl | 2009-10-29 16:28
2009年 10月 13日
ヨットレースに参加してきました
同じ職場のマーケティング部門で働く同僚(コロンビア大文系卒→NYでタクシードライバー→建築雑誌ライター→設計事務所)に誘われてヨットレースに初めて参加。
そもそもちゃんとしたヨットに乗るのは初めて。
彼の親父さんが地元でサブコンのオーナーということで、ヨットを持っています。
海と湖の街シアトルのお金持ちの遊びといえばヨットとかクルーザーというイメージがあるんですが、
まさにそんな方々の一人です。
ヨットにはキッチン、ソファー、シャワーも完備のキャビンもついています。

ヨットの上できれいな景色を見ながらランチでも食べてビールやワインを飲んで・・なんて素敵な日曜だろう

と勝手に夢見ていたのが大きな間違いで、ヨットレースなのでした。
本気レースでした。
舵をとるおやっさんの怒号が飛び交ってました。
景色なんて見る暇なしでした。
目の前のロープと帆を巻いたり押したり引いたりという風景しか見えてません。
いきなりの初心者に対して専門用語多すぎで、最初は何を意味しているのか理解するだけで一苦労。
人数が少なかったため持ち場を離れることができず、トイレに行く暇さえなかなかありません。
レース中に写真を撮るなんてほぼ無理だしあの状況でやったら多分ブーイング。
昼ごはんもレースとレースの間の10分間にとりあえず口の中に押し込んだサンドイッチとパワーバーでした。

連続して合計5レースくらいやって、くたくたに。
手のひらはロープにやられてひりひりするし、腕や背中の疲労がすごい。
でも戦いの後にマリーナに帰港するまでのあいだに夕日を見ながら船上で飲むビールは格別。
ヨットの仕組みがわかったのも面白かったし、疲れはしたもののいい運動になりました。
呼ばれたらまた参加してみたいです。
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by ogawa_audl | 2009-10-13 17:34
2009年 10月 13日
オープニングに行ってきました
シアトルのすぐ北にShoreline市という小さな街があるのですが、
そこの市庁舎のオープニングがあったので行ってきました。
2年前くらいに仕事で関わっていました。予算がものすごく低い上にクライアントの要求する内容とデザインに
苦しめられたあまり楽しくない思い出が。。
当時デザインに関しては、市庁舎の方々>ディベロッパー>うちの会社の上司 とヒエラルキーがあり、
なかなか自分の思うようには行かず鬱憤がたまってました。
アーティストやライティングデザイナー、ランドスケープアーキテクト、構造エンジニアとの協働は楽しかったんですが。

でもオープニングでは、そこで働く職員のひとたちも、一般市民のひとたちも、みなうれしそうで、
聞こえてくるコメントもポジティブなものばかり。
このプロジェクトで数少ない楽しい思い出が増えたような気もしています。
デザインする側がかっこいいと思うものと一般ユーザーが欲しがるものでは、
求めるものが違うんだろうなと思ったりもしました。
やれることはやったし、これでよかったのかもしれないとも少し思っています。

今回市庁舎の建物は竣工しましたが、実は敷地全体が出来上がるのは年末。
パーキングと野外劇場と緑の丘が出来ます。
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by ogawa_audl | 2009-10-13 17:06
2009年 10月 05日
ちょっと帰国してました
いとこの結婚式出席のために東京へ。

ついでに、東京周辺で見たかった建築などを見て回る。雨にも負ケズ。。
写真で見ていたものの確認作業といった感じ。
多摩美術大学図書館(遠かった)、座・高円寺、SIA青山ビルディング、新丸ビル、東京ミッドタウンなど。
それと同僚に頼まれたある店舗のメタルパネルに関する調査。
やはり実際に身を置かないとわからないし評価もしようがない。
素材や施工も行ってみてわかる部分が多い。

東京は優れた小さな空間の連続、という印象。
でも、すこーんと抜ける視線や大地や空とのつながりが感じにくいせいか、だんだんと疲れてくる。
私もすっかりシアトル病です。
慣れれば、密集するビルや空間や人の波が森のように心地よく感じるようになるんだろうか。

すっきり爽快なシアトルの空気に慣れると、日本の空気はねっとりとまとわりつく。
でもその湿り気が、日本人の空間に対する感性や文化をつくったんだなと改めて納得したりする。
湿度が高い分、空気に質量があるので、見えないものが見えてくるような感じがある。
気体と固体の中間というか。あるいは物質と空気があいまいにつながったような。



東京都現代美術館にもふらりと。
伊藤公象展を見る。
床に置かれた作品が、だんだんと都市計画の模型に見えてきて、ありだな、と思ったり。



それから、愛知の実家から車で出かけて常滑の街を初めて散策。
焼物で有名な街。
上下の起伏が激しい丘に、不思議な世界が展開していました。
こういうヒューマンスケールの斜面地建築複合体のような町はどこも面白い。

(時差ぼけと昼寝のせいでどうも寝つけません)
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by ogawa_audl | 2009-10-05 19:03