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2009年 01月 26日
音楽の浸透と建築の浸透の比較
スポーツジムで自転車をこぎながら、
ときどき窓の外に舞う雪に視線を移したりしつつ、
佐藤優の国家論を読む。
そこでなんとなく頭に浮かんだのは、
建築・空間芸術の市民への浸透と音楽の浸透との比較。

音楽はかつては、上流階級のみが楽しむことのできる閉ざされた芸術だったけれど、
蓄音機やラジオが生まれて階級に無関係に音楽を楽しむことができるようになり、
優れたスピーカーが出来たことで本物に近い音を聞くことができるようになり、
ソニーのウォークマンが音楽を聞く場所を室内から屋外へ拡大し、
CDによって再現される音の質もさらに向上し、
今では路上でもバスや電車の中でも誰もがi-podで音楽を聴いている。
ここまで音楽が生活に浸透した状況では、
「明日から音楽は聴けなくなります」
ということになったら、一般市民からも、ものすごい猛反発が起こるだろう。

一方、用途を越えたところで、芸術としてのあるいは楽しむ対象としての空間は、
そこまで一般に浸透していないんじゃないかと思う。
音楽家やバンドの名前はいろいろ言えるけど建築家は安藤忠雄さんしか知らないのが普通だろうし。
ここがキーなのかなと。
優れた空間の良さや楽しさにどれだけ接してもらえるか。

音楽でも生のコンサートは今でもある。蓄音機が生まれる以前は生演奏だけだった。
それが、テクノロジーによって、一般の人も優れた音楽が楽しめるようになった。

建築や空間を実際に現地に見に行くというのは、音楽で言えばコンサートのようなもの、だと思う。
空間を楽しむ場合に足りないのは、蓄音機からi-podへと至る仮想コンサートの機会(機械)。
コンサートに足を運ぶまでの、興味を持ってもらう段階。

音楽は、音(振動)という情報に成りえたけれど、物理的に巨大な空間というものはそうはなれなかった。
それに、視覚を再現するのはそう簡単な技術ではなかった。
映画が出来て視覚的に建築を堪能することも可能になったけれど、撮影云々を考えると、
そう簡単ではなさそうだ。もちろん中には優れた建築作品DVDなどもあるが、それらはあくまで建築マニア向け。

しかし最近、3D技術が進歩して、映画を撮るほどの苦労とお金をかけなくても、
パソコンの中で空間を体感することは可能になってきている。
「見せる」ためのムービーも進化してきていて、以前よりも容易に短時間でできるようになってきている。
3D pdfの登場で、3次元の立体をユーザーが自由に動かすことも可能になった(Google ストリート・ビューみたいな感じの)。
これらの進化によって、ウェブ上で、空間を体感できるようになる日が来ている。
あとは、一般のユーザーがそれを楽しんでくれるようにどう改善するか。
(この点は、小テーマとして考えたら面白そう。)
うまくいけば、空間を楽しむためのi-pod的なものが登場し、
興味を持った空間を楽しむために現地を訪れてみることでコンサート的に別の感動や楽しみを得ることができるのではないか。
そんな風になっていくのかなと想像しています。
今後は3Dモデル内の光の質の再現力がもっと改善されていくことを期待。

そしてもちろん、優れた音楽があったからユーザーが増えたように、
優れた空間を生み出していかないといけない。
これがないとどうにもなりませんから。
そして時を経て優れた空間や建築は世界遺産のようになっていくんでしょう。

実世界でも、普通の人がお金を出さなくても普通に空間を楽しめるように、
街の公共空間がもっと楽しくあるいは美しくなっていけばいいなとも思います。

(追記)
音楽は「聴きながら~~する」ということが可能ですが
視覚を使う場合は意識の集中が働いて「見ながら~~する」というのが難しいですね。
音楽でいうところのBGMみたいなものが、視覚でも可能なのでしょうか。どうなんでしょうか。
きれいな景色が見えるときは無意識に視覚で感じながら別のこともしているような気もします。
つまりそのときの風景は背景(background)。
英語は時によく出来ていますね。背景音楽という言葉は日本語にないですしね。
今ちょっと調べたら、background videoというのもあるみたいです。
無意識に気持ちのいい背景のような空間や建築もテーマに考えても面白そうです。
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by ogawa_audl | 2009-01-26 15:35
2009年 01月 21日
熱狂しているひとたちを観察
朝仕事場に着く。
いつもデザインレビューなどをするスペースに、皆が集まっている。
オバマ米大統領の就任式を見るために、有志がプロジェクターをセッティング。
仕事そっちのけで、ほとんどの社員が集まって式の様子や演説を見る。
パートナーたちも集まる。飲み物とベーカリーも用意してある。
オバマさんに対するアメリカ人の期待はものすごいです。
(演説内容はこちらが詳しいです)
勝利演説のときよりは、政策内容に重心が移っていましたね。

中身が盛りだくさん過ぎて、いまいち心に訴えるものが少なかった、とは隣の席の女の子の言葉。
同じチームの別のひとが、オバマバッジをくれた。ちょっとうれしい。バッジの中のオバマさんは笑顔。

式典が終わったらさあ仕事です。
締め切りが明日に迫っていたので、
昼飯を食べる暇もなく、夜の9時までトイレに行く以外ずっと働いてました。

肩と目と頭が重たいです。
なのでポルト飲んで寝ます。
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by ogawa_audl | 2009-01-21 15:36
2009年 01月 19日
ローカルから
友達に誘われて、テクノ系の小コンサートへ。
Sleepy Eyes of Deathというまだメジャーになってない地元シアトルのグループ。
YMOと重厚なロックを足して2で割ったような感じでした。
打ち込み系サウンドもあるけれど、ステージ上では、ギターとドラムが激しい演奏を見せる。
スモークと光で魅せる空間もなかなかよかった。
ありきたりなロックバンドのショーよりもかっちょいいし面白いと感じた。
これからもっと売れるんじゃないかなあ。

コンサートを一緒に見たアメリカ人とインド人も大いに楽しんだようだったけど、
YMOの話をしたら全然通じなかった。。
今度リンクを送ってあげよう。
ほかにもUnderworldBTとかも。


話は変わって
3DソフトのRhinocerosがシアトルのFremontというこじんまりしたエリアに未だ本社事務所が
あると友達が教えてくれて驚く。
そんなに近いのに、なぜに僕がUWにいたときは学内で全然流行ってなかったのか謎。
東海岸でポピュラーだったから、そっちに本社があるものだと思っていた。

地元シアトルから国内へ、そしていずれは世界へ広がってほしいですね。

(今朝は軽い二日酔いです)
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by ogawa_audl | 2009-01-19 04:54
2009年 01月 18日
円の一人勝ち
アメリカに住んでいると、
ドル安だなぁ、給料を円に換算するとつらいねぇー、などと去年夏あたりから思ったりします。
それはさておき。

円高だと言われますね。

今こそ海外に打って出るべきというのはいろいろな識者も一般の人も言っていますね。
僕もそう思うのですが、ただ日本国内に目を向けると、
不況・輸出産業の停滞・雇用不安などマイナスな空気で満ちていて、
とても海外からモノを買ったり、海外に投資したりする元気なんてないのよね、
という声が聞こえてきそうです。
元気なのは韓国へのブランド品買いあさりツアーとかでしょうか。

この円高の状況について、大前研一氏がまとめています

本当に、日本の円だけが世界で唯一国だけ、価値を高めているようです。
これはもう、100年に一度の日本にとってのチャンスなのだとか。

過去10年くらい、世界中でバブルが起こっていた中、
唯一その波に乗れなかった日本。
だからこそ、下がるところまで下がっているから、
これ以上下がることはないだろうという安心感から、
円へ投資が流れて円の価値があがっているらしい。

さて、海外への投資や買い物をするにあたっての、資金についてですが、
彼のアイデアは90兆円の厚生年金のファンドと100兆円の準備金を使うというもの。

なるほどと思う一方、過去の年金流用の大失敗によって、国民は
厚生年金がらみに手をつけることには、大きな抵抗感があるとも思われますが。
一方、年金需給の大きな目減り(あるいはシステムの破綻)を予想している若い世代からすると、
どうせもらえないならやってみてもいいんじゃないか、という意見のほうが多くなるかもしれません。
どうなんでしょうか。

さて、大前氏が挙げる「お買い物リスト」は、

・資源(鉱物資源はもとより、木材、食料)
・ビッグスリーを買う(日本の自動車会社が再建した後、キャピタルゲインを獲得)
・鉱山会社を5、6社
・穀物メジャー

だそうです。
資源はもちろんのこと、投資というのもあるでしょうね。
それによって、国の財政赤字もチャラにできるかもしれないですし、
将来の年金システムももどってくるかもしれない。

かも、ですけど。

日本国内の状況も大変ですが、比較すれば海外はもっと悲惨なわけで、
(僕の同世代でもリストラされてから数ヶ月仕事を探し続けているひとが結構います)
世界の中で日本は今チャンスにあるということを、メディアが報道してほしいものだと思います。
もう少し、外に目を向けた報道も。
ズームアウトして広い視点から。ありの目から鳥の目で。

もちろん、国内でしんどい状況のひとはいるわけなので、その方々は現状維持でがんばってもらうとして、
ちょっと余裕のあるひとが、海外に向けて動いてほしいです。
そうすれば近い将来、海外からのお金を国内に回すことができ、
今困難な状況にいるひとたちにもうまく仕事やお金が回るようになるはずなので。

厚生年金がらみのファンドを国の指導で使う以外にも、
円の強さを最大限に使った海外向けの投資を流行らせて、
高齢者の1500兆円の預金を導入することも可能かもしれませんね。

例えばこんなのはどうでしょう?

高齢者の1500兆円は、必要以上な貯蓄で、いずれ相続税で持っていかれるらしいですね。
だったら使ってもらったほうがいい。けれど、不安なので必要以上に貯蓄して安心感を得ようとしている。
これが現状。

でも一方で、高齢者の方々は、自分の子供世代、孫世代の時代、つまり日本の将来について案じている。
でもどうしたらいいのか、わからない。本当は協力したい。
そこで、単なるお金儲けとしての投資ではなく、「未来の日本への貢献」というインセンティブをつけて投資を促す。

例えば、現在の円高の一人勝ちの時期に期間限定した海外投資専門の特別国債のようなものをつくる。
そこで集まったお金は、ほかの財源ときちんと分離して、円高の時期の海外投資にのみ運用。
(何を買ったかをきちんと示して透明性を保つ)
このような特別国債を貯蓄のいっぱいある方々に買っていただく。
1500兆円のうち、20%が運用されるだけで、資金は300兆円。
さきほどの厚生年金のファンドを超えるすごい額。
円の一人勝ちが永遠に続くことはありえないので、リターンはほぼ間違いないし、
投資した本人も、単なるお金儲け以上に、未来の日本(自分の子供・孫)への貢献というプラスアルファの満足感が得られる。
将来の世代への財源も資源も増えることになる。

どうでしょうか?
これは、相対的に円の一人勝ち状態のほんの一瞬、今だけ可能な方法。
スピードが勝負だけど、政策決定のスピードが遅いのが日本だから、可能かどうかは難しいところ。
でももしうまくいけば、非常にオモロイことになりそうな予感がします。

この辺は、メディアの宣伝効果に期待したいところです。

(天気のいい土曜日のお昼です。今から久しぶりにジョギングに行ってきます。空気は冷たそう)
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by ogawa_audl | 2009-01-18 05:26
2009年 01月 16日
民間⇔政府
職場のアーバンデザインチームのプリンシパルで、いつもにこやかだけどやり手の女性が
シアトル市の役所に転職。
シニア・アーバン・デザイナーの役職だそうだ。
日本でもこういうことってよくあるんだろうか。
彼女は別に公務員試験をうけたわけでもないだろうし。

考えてみれば、アメリカ政府でも、民間と政府を行ったり来たりは当たり前みたいで。
財務長官が、元ゴールドマンサックスのトップでがんがん稼いでいた人だったりというのはよくある。
デキル奴は国の政策でもどんどん活躍してもらう、という感じなのだろうか。
そのデキル奴が、イイ奴かワルイ奴かは別問題だが。

あ、でもうちの会社から市に転職するひとは、ありえないくらいいい人でした。

仕事の後、近くのバーに集まって、彼女のフェアウェル。
僕はビールを一杯だけ。

仲のよかった元上司にも会う。
彼のところはこの不況の中、人手が足りないくらいプロジェクトが動いているらしい。
そういうのはだいたい公共のプロジェクトが多いよう。政府とか駅とか大学とか病院とか。
彼も4つのプロジェクトを同時にデザインしている。
忙しそうだけど、彼は生き生きして楽しそうだ。酔い良い。
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by ogawa_audl | 2009-01-16 15:47
2009年 01月 16日
3つの大改革
大前研一氏の景気浮揚・三つの大改革という記事から。
他力本願で1つ、国内で3つの計4つのシナリオが書かれています。
面白いので抜粋。

1つめ:オバマの環境政策に便乗

記事から引用
オバマは地球規模の連帯を呼び掛け、環境破壊者に対する全面戦争にとりかかる、と宣言するだろう。

この戦いのメリットは「恐ろしく効率が悪い」ということだ。効率の悪いものほど経済効果は大きい。
「CO2を排出しない発電所をつくろう」「半分のエネルギーで動く自動車をつくろう」など、
さまざまな動きが起こるだろう。
新しいエネルギーを使おうという議論になるかもしれない。そうなれば太陽の光電変換が主力となり、
原子力の復活も議論されるだろう。 1000メガワットクラスの原子炉が200基ほど必要になる。
そこから生み出される経済浮揚効果は計り知れない。


そうなれば、いよいよ日本のチャンスである。
原子力発電にせよ太陽光発電にせよ、日本技術の強みがフルに生かされる。また1970年代以降、日本は鉄鋼業をはじめ、
CO2を閉じ込める技術を開発してきたが、この技術を東欧社会や中国、インドが必要としている。排煙脱硫・脱硝技術でも人後に落ちないし、
省エネ車でも世界の優位にある。・・・日本にとって新しい戦いは、きわめて有利に進むだろう。
そのなかで日本産業は活気づき、経済は回復基調に乗る。


効率が悪いものほど経済効果は大きい、というのが発見でした。
環境分野は「今のところ」日本は先進国。円高で世界で唯一マネーのある今こそ、
その部分に無理をしてでも投資したり、海外に打って出るべきだと思う。
無駄にお金をばらまいている場合ではないんですよね。
長期的な視野で政策を決定できるリーダーが必要だし、それを評価できるメディアと国民がもっと必要なんでしょう。

2つめ:個人の金融資産を高齢者から若者に移すこと

記事から引用
日本の最大の問題は1500兆円の個人金融資産がありながら、それがマーケットに出てこないことだ。
そのために需要が生まれず、GDPも増えない。1500兆円の1%でも15兆円だから、これだけで麻生内閣が配ろうとしている
2兆円の7倍以上の経済効果をもつ。


マーケットに1500兆円が出ないのは、お金をもっている人が高齢者ばかりだからだ。
彼らは国を信用していないから、「いざというとき」に備えて、その金額は貯金に回される。

まったく新しい方策が必要とされているのだ。それは相続税の廃止である。

数年後の1年間、または2年間だけ相続にかかる税をゼロにする。
そうして1500兆円の大半を占める高齢者の資産が若い世代に移るようにする。

相続だけでなく、贈与もゼロにするとよい。相続する相手のない人は、学校にでも何にでも寄付をする。
これでニーズのある人たちにお金が回り、日本経済は一気に好転する。


そんなにお金が眠ってるんですね。日本のこの先がどうなるかわからないという不安から、
貯蓄する心理はすごくわかるんですけどね。

3つめ:21世紀にふさわしい都市づくりを行なう

記事から引用
従来、都会で都市づくりを行なおうとすると、まず住民の反対があった。さらには日照権の問題をはじめ、
クリアしなければいけない壁に山ほど行き当たった。
六本木ヒルズは計画から完成まで17年を要したのである。

住民の半分が合意したときは、一気に事を進めてしまう。都市再生のために制定された都市再生法を使えば、不可能なことではない。
このとき重要なのは、目標をはっきりさせることだ。「われわれは21世紀の安全で安心して生活できる都市をつくる」と宣言するのである。

電線や上下水道など公共施設の地下埋設を進める。地震時における液状化を防ぐための土質改良を行なう。
災害時に消防車が入れないような密集地帯について、区画整理を行なって集約化する。
地区ごとに1カ月分の食料備蓄を行ない、非常用の発電セットも置く。
これらをすべて整えたものを、まずは基礎としてつくりあげる。
そのうえで、容積率を現在のような600%や800%といった恣意的なものでなく、安全基準だけで決める。
多くの土地は1400%ぐらいになるはずだ。

これは東京がマンハッタン化するということだ。これまでの公共事業に比べれば20年はかかるだろうが、
結果的に光ファイバーがそこかしこに引き巡らされ、安全性が高く、地震にも強い、超近代的な21世紀型の都市が出来上がる。
地表のスペースにはニューヨークのセントラルパークのように、広い公園をふんだんにつくってもいい。

地盤だけは公共工事として債券を発行して行なうが、上層部分は民間で十分資金が集まる。容積率を高くすれば利回りは4~5%はいくだろう。
地盤工事以外のところは民間も喜んでやるだろうし、世界中から金が集まってくる。これを東京の下町でモデルケースとして行ない、
次第に日本の大都市すべてに拡げていく。
税金を使わず、世界の金を呼び込むことで、この「21世紀の都市改造計画」は爆発的な景気浮揚を呼び込むだろう。


都市の高密化をすすめるというのは、イギリス政府お抱えにもなった建築家のリチャード・ロジャースも言っています。
都市に集中させることで、自然を破壊しながらスプロール化していた郊外も元の魅力的な森へと回復する。
郊外からの移動によるエネルギーの消費も減る、というようなことを言っていました。
アメリカでも最もエネルギー効率が優れた場所はニューヨークなんだとか。

また限られた地域に人口を集中させることで、商業やサービス業の顧客も集中し、
需要と供給が効率的に行われるというのもありますね。
内需を創り出すための方法として、地方都市を含めて複数の都市へ人口を集中させる、というのもあるらしいです。

4つめ:道州制への移行

以下記事より抜粋
日本を11の道州に分け、繁栄の単位を「国」から「地域」に変える。

中央集権国家である日本は、これまでつねに1つの答えを求めてきた。たとえば麻生プランが1つあって、それに国民はイエスかノーという。
しかし北海道から沖縄まで、住民のニーズは千差万別だ。そのすべてを聞いて最大公約数を求めれば、結局中途半端な結論にしかならない。

そもそも四国1つとっても、その経済規模はフィンランドに匹敵している。
首都圏ともなれば、フランスやイギリスに並ぶほどだ。

たとえば北海道なら、極東シベリア開発の最前線基地になるだろう。時差を設けて札幌に取引市場をつくり、世界でいちばん最初に開く市場をつくれば面白い。
そうなれば各道州は自らの将来を東京に託すのではなく、世界地図と照らし合わせてつくっていこうとするだろう。
中学や高校で教える外国語も英語に限らず、北海道ならロシア語、九州なら中国語や韓国語としてもいい。
四国は英語を磨いてフィンランドやデンマークのような多国籍企業の母国となる道を選ぶかもしれない。
そうやって近隣諸国と緊密な関係をつくりあげていけば、企業も、人も、お金も、情報も集まるようになる。

自分たちを魅力的に見せるには、自然を残したほうがよいか、ハイテク工業団地をつくったほうがよいかという選択もまた、各道州に委ねられるからだ。
中央集権で、「青森にこれを認めたら、山形にも認めないわけにはいかない」といったやり方では、国土を破壊し尽くし、
日本中が金太郎飴になるだけである。


最後に若者へのメッセージも。
そのポイントは、若い人の意識が変わることだろう。
ある日突然、若者が革命を起こすぐらいでなければ、この国を改革することはできない。

チャンスを生かすには、人々が興奮するビジョンと指導者の強い意志がいる。私はこれを「平成維新」と呼び、
15年前から呼び掛けを始めたが、いまだに芳しい反応は得られていない。要は若者に「この国を変えよう」と呼び掛けても反応が薄いのだ。
この現状をどう変えるか。これが最大の課題だろう。


「和製オバマが出てきてほしい」という大前さんの心の声が聞こえてきそうです。

世代間格差などの議論についつい引き込まれそうになりがちですが、
そういった内向きになるのではなくて、日本に仕事がないなら海外から仕事を取ってくる、その最前線に立つ、
あるいは日本が世界をリードする産業を創る、くらいの勢いが、「将来のリーダー」には必要なのじゃないかなと思います。
椅子取りゲームの椅子がないなら、ほかの部屋から椅子を持ってきたらいい。
あるいは椅子を自分でつくってしまえばいい。

まずは勉強から、でしょうか。
今はネットさえつながればかなりのことを学ぶことができますから。

もっといろいろ知りたい、教養をつけたいと最近とくに感じます。

Voiceプラスのバックナンバーのページでほかにも面白い記事が読めます)
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by ogawa_audl | 2009-01-16 14:58
2009年 01月 12日
この10年の日本の建築デザインを眺めて
大学で建築について学び始めてから10年が過ぎました。
この10年で劇的に変わったなぁとしみじみ思います。

僕が大学に入ったばかりの90年代終わり頃は、明確なトレンドはなかったように思います。
磯崎新から続く「イズム」(藤森照信の言葉)や「バブル」や「システム」を引きずりながら、
方向性を模索していた時代だったように思います。
(不況なので、方向性を模索していたのはデザインだけではなかったのですが。)
卒業設計の年には9.11が起こり、形をつくることへの躊躇のようなものもあったような気がします。

それを大きく変えたのは、伊東豊雄と妹島和世ではなかったかと思います。
加えて隈研吾や青木淳。
(内藤廣はちょっと系統が違いますが、感性で惹かれていた同世代は多かった。僕も含めて)
彼らは、そういった混沌とした先の見えない状況において、
自己の感性を容認し、自身の作品においてそれを体現した(ように見えた)。

その下地があったから、現在では日本の建築デザイン界で若い感性が
のびのびと自由に大爆発しているように思える。
デザインもそうであるけれど、彼ら若い世代が紡ぐ文章は詩的であり映像的でありやわらかい。
それはこの世代のブログなどで共通して感じられます。
以前に比べると、明らかなトレンドが見える。
身体に近い空間や、言葉でなく感性で理解する空間は、一般のユーザーにも
浸透しやすくなってきているのではないでしょうか。
あるいは逆に一般の若者と建築デザイン系の若者との間に、
ある感性が共有されていると見ることもできるのかもしれません。
(ここにはネットや携帯の文化の定着による同世代の感性の共有のようなものがあるのかもしれませんね)

ガラパゴス化、パラダイス鎖国などと時に否定的にとられることもあるけれど、
それによって生まれる独自性も否定できない。
僕個人から見ると、海外との差異を生み出す日本独自のコンテンツがますます生まれようとしているようにも見える。
「新しさとは既に見たことあるものとの差異である」と仮に定義すると、
その意味で日本国内の若手建築家の間では海外から見て新しいものが
どんどん生まれようとしているように見えなくもない。

そして大事なのは、そうやってつぎつぎに生まれてくる新しいものたちを
短期間で古いものにして国内だけで消費してしまうのではなく、
国内のあとは海外へと(あるいは内外同時に)それを発信してゆくことではないかと。
ある意味、「もったいない精神」なのですが。
(例えば、アメリカ人の間では、日本ではひと昔前に流行したバラエティ番組が言葉を超えてウケているし、
アニメも一部にはずっと人気があり、ユニクロや無印もカッコイイものとして捉えられている)

こういった流れをスムーズにし出入り口を拡大するための施策や人材が求められるような気がするし、
誰もやらないのなら自分でやってみてもいいのかなぁとときどき思ったりもする。

日本は人が資源であり、そこから生み出されるアイデアやデザインももちろん重要な輸出資源だと思う。
建築や空間デザインの分野でも優れたものや作り手が多いように見える。
外からしばらく日本を見ていると、現代日本のデザインのユニークさがよくわかる。
やや供給過剰で過当競争になっているように見えるこの分野の国内マーケットを、
外へと拡大できないかなと考えています。

(関係ないけど大前研一氏の2009年の世界情勢についてのまとめ記事が面白かった。彼が望むような優れたリーダーを生み出す方法が知りたい)
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by ogawa_audl | 2009-01-12 12:30
2009年 01月 11日
タイトル変えました
タイトル、正直なところどうでもよかったのですが、年も変わったことですし。

内容がシアトルと建築からやや拡散してきているというのも理由のひとつ。
同時に、シアトルで知り合った大切な日本人のお友達への感謝の気持ちを忘れないためのタイトルです。
アノニマスな感じでいいかなとも思ってます。
一方でaudlはアドレスの中にずっと残っていきます。

ブランデーで酔った勢いもあります。ときに勢いも大事なのであります。

(いい感じに眠くなってきたので寝ます)
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by ogawa_audl | 2009-01-11 17:57
2009年 01月 11日
善なるものとしての建築
日本では、
建築は悪である、ということにどうやらなっている。

ハコモノは悪である。
ハコモノは建築である。
だから建築は悪である。

一般にはこんな印象が見受けられる。
談合なんかもその一員かも。
(ほかの業種でももちろん談合的なものはあるらしいが)
耐震偽装でダメ押しのゴール。

マイナスからのスタートです。
建築に真摯に向き合っている人間にとってはなかなかつらいものがあるわけです。

さて、これをどう改善してゆくか。
これが今回のお題。

常々感じているのは、一般のユーザーと建築をつくる側との間に
かなりのギャップがあり、その溝がなかなか埋まっていないということ。
なぜか。

接点が少ないんでしょう。

でも、街を歩けば必ず建築が目に入るはず。
でも一般の意識の中に建築が入っていかない。
なぜか。

建築の多くが感動する対象ではないんでしょう。
だから、多くの場合、意識の中から消すべき対象になってしまっている。
電柱や電線のような意識しないでいい存在になってしまっているのかもしれない。

これは仮説なので、実際にテストをしてみたら面白いかもしれない。
実験内容を伝えずに、街を1時間ほど歩いてもらってから、あるいは街で誰かを捕まえて、
この1時間で見たもの記憶に残っているものを羅列してもらう。
おそらく、食べたものとか、お店で売っていたものとか、会った人とかのほうが
記憶に残っているのではないか。つまりそれらのほうを意識して見ているということ。

一方で、建築素人でもヨーロッパなどへ旅行に行くと、
「街並みが~」などというコメントがよく出る。
日本でも京都のような特徴的な空気を持つ場所では同じようなコメントも出る。
これを改善するには、現代建築でも、感動を呼ぶような優れた公共空間やファサードを
真摯に創り続けていくしかないんじゃないかと思う。
地域ごとに異なる建築デザインを見せていくのもいいだろう。イタリアのように。

また別の仮説として建築への接点が少ない理由は、
建築を強制的に評価するような場面がかなり少ないのではないかと。
一生に一度自分の家を建てるとか、近所に巨大ビルができるとかいう場合でないと建築を意識して考えない。
比べて、普段身近に使うモノ、例えば化粧品や食品などは、
毎日それを評価する場面に遭遇する。強制的に評価する時間が生じている。
だから意識も高くなる。
ここから学んで、一般のユーザーが建築や空間を評価する時間や回数を増やすような仕組みを
つくることができれば、建築に対する意識も変わるのではないでしょうか。
そういったなかから、一般のひとたちの間に大好きな建築や大好きな空間が生まれれば、
建築=悪というメディアによって強化されてしまった単純な図式も少しずつ溶けていくのではないかと思うのです。

環境=善 という図式が最近定着してきているので、
そこに建築をからめてゆくのも打開策のひとつかもしれません。
心地よく美しい建築や空間があり、しかもそれが環境にプラスになっているとくりゃ、
反対する人は少ないように思います。
日本人の環境技術・美的感覚・引き算のデザインで優れたものをつくれば、
それを海外に輸出してゆくことも可能でしょう。
デザインが+αの存在から、生活の中で必須のものになるときがくれば状況は変わるかもしれません。
そのためのロジックやシステムを考える必要がありますが。

女「どんなお仕事を?」
男「ハコモノをつくってますっ」

と堂々と言える日が来るといいですね。

(どうも眠れないのでちょっとだけブランデーを)
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by ogawa_audl | 2009-01-11 16:37
2009年 01月 11日
核となるもの
さまざまな選択や思考をしていく上で
それらを決定する揺るぎのない哲学あるいは核というようなものがあると思うのです。

僕の場合は

日本が好きだ

ということ。

日本の衣・食・公共空間は非常に優れていると思う。(残念ながら住はまだ不十分)
また、日本語、礼節、自然、伝統なども素晴らしい。

これを今後も失いたくない、後世に残してゆきたい

というのが自分の中で物事を考えたり決めてゆく上での
最上位の原則になっています。

そういう視点で世界の中の日本について考えています。
ナショナリストではないですが。

(平熱に戻ってきました。でもお酒はまだ我慢)
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by ogawa_audl | 2009-01-11 16:23