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2008年 03月 30日
変化は楽しい
シアトル美術館に、ルーブル美術館から
ローマの芸術がやってきて特別展をしています。
ローマということで、UWのときのローマ・プログラムの同級生を中心に
プチ同窓会を兼ねて一緒に見に行こうと誘われていってきました。
でも集まったのは片手で足りる人数でしたが。土曜の朝はきついか。
ローマの芸術は、リアリティを追求するので、
よくできてるなーとは思うものの、アートとしてはあんまり面白いとは思わないのだけど、
当時の文化や社会制度と合わせてみるとそれなりに面白い。

終わってからみんなでカジュアルなフランス料理屋でブランチ。
学校出てから、みんなもうすぐ2年たつ。
そこにいないメンバーも含めて、UWの同級生の話になると、
今年はみんないろいろ変化がやってくるようです。
同級生の多くがシアトルにそのまま残って働いていたのですが、今年は、
結婚したり、別の街に移ったり、職場を変えたり、旅に出たりと、
それぞれ計画が動き出しているようで。

例えば、アラスカに旅行に行って出会った女の子と付き合いだした男は、
東海岸で勉強しているその彼女が大学のプログラムでアフリカに行くから、
自分も2週間ほど遊びに行ってくる、とか。
同級生どうしで最近付き合いだした二人が一緒にサンフランシスコに引っ越す、とか。
もうひとつ以前から同級生どうしで付き合っているカップルが、
ニューヨークに引っ越すためにちょうど仕事探しをしている、とか。
あるいは、会社のリサーチのために、給料も移動費も食費も滞在費も全部会社持ちで
アメリカ横断の3ヶ月の旅をしている奴とか。
しかもみんなだいたい2つか3つ、僕よりも若いので、
時間をたくさん持っているという点でうらやましい。

まわりが多様化していくのはとても面白いこと。
違う街で集まってご飯、ということもそのうち起こりそう。
そのとき共有するであろう話の領域は、ますます広がっていくんでしょう。
小説や映画よりも、現実に起こった話をその当事者から聞くのはほんとにおもしろい。
知り合いだから、いろいろつっこんだ質問もできるし。
だから、日本にいる知り合いの話を聞くのも、僕にとってはまだ経験していない環境なので
聞いているといろいろ発見があっておもしろいわけです。
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by ogawa_audl | 2008-03-30 09:51
2008年 03月 27日
建築業界の動向
建築業界の世界の流れをちょっと覗く。
よく耳にするのは、世界的には建築設計者の人数が足りていない状況だということ。
ネットなどでは、どの建築家がどこにどんなものをつくっているかとかから、
断片的に業界の様子を想像することはできるけど、1冊にまとめてくれるとわかりやすくていい。
いつもながらa+uは優れた建築雑誌だと思う。
一方、アメリカの建築雑誌は広告のページばっかりで中身が少ないのに今でも驚く。
a+u 449を読んでいて、気づいた点をメモ。

スティーブン・ホールはやはり環境に意識が向いていたということ。
最近ランスケ的なプロジェクトが増えてるなと思っていたから、やっぱりという感じ。
(少し前にランドスケープアーキテクトの募集をしていたし。)
屋外としてのランドスケープと屋内の空間や光との両立を現在世界で最もうまく解いていると思う。
だから惹かれる。かなり。最近のヌーベルも好きだけど。
でもそういったプロジェクトを実現するための予算は他と比較してでかい。やっぱりか。。

環境をキーワードとした市場は今後ますます伸びるよう。
「設計者は環境と融合した建築デザインの理論と手法を早急に会得することが必要」、とは
ある中国のディベロッパーの言葉。
日本はこの分野では技術はダントツに高いから、あとは建築デザインをどうマーケティングに
つなげるかが鍵だと思う。設備に見えちゃだめなんですよね。

「最近の大プロジェクトのクライアントは、デザインの重要性に気づき始めていて、
デザインにこだわり始めている。
デザインに新たな価値が生じつつあるということでしょう。」
とは巨大組織事務所アエダスのデザイン局長の話。
大手組織事務所がアトリエ事務所のようなデザインに近づきつつあり、
逆にアトリエ事務所が大組織がやってきたような巨大なプロジェクトにも手をだすように
なってきている。
いろんな事務所から別の事務所へと人がグルグル動いているから、
デザインや戦略が似てくるのもあるんだろうと思う。

OMAのパートナーのひとりはこう言う。
「中東や中国のような状況では、名のない事務所が設計のスピードをあげてどんどん
モノをつくっていく。そうすることで名の売れた同業者にプレッシャーをかけてゆく。
確かにイコンを使えば手軽に誤魔化せる。
けれどもそれは神秘性を失い、建築家の地位を下げるだけだ。
スターキテクトがもてはやされること自体がもうなくなるだろう。
建築家が神秘的な職業でなくなれば、その最初の犠牲者はスターキテクト。
でもそれも悪くないかもしれない。スターキテクトという呼称自体が果たしてこの
業界全体にとって喜ぶべきことか疑わしい。」

世界では巨大組織事務所の吸収・合併が起こっているが、その中心のひとつがRMJM。
こういった事務所では、デザイナーだけではなくて経営のプロが中枢に入っていたりするみたい。
この事務所のCEOの取り組みで気に入ったのは、建築家の地位向上のために動いていること。
日本だけでなく、やはりほかの国でも、建築を学んだ学生の多くが、
調査会社やディベロッパーや金融や経営コンサルへと流れていっているとのこと。
それはやはり、建築業界の給与が上昇してこなかったことが一番の原因だと。
それを変えるためには、デザインする側も、建設プロセスや経済的な目的を理解し
全体を主導する能力を得ることが大事だとしている。
(RMJMが、そういったプログラムをするための援助をハーバードで始めるというニュースが
ちょうど先週くらいにネットで出ていましたね)
RMJMでは、大事務所でデザインの質を落とさないために、
少人数のデザイングループをいくつもかかえているようなスタイルにしているとのこと。
これは大事務所ではよくあることで、スタジオ型と呼ばれます。
シアトルでも数百人規模以上のでかいとこはだいたいそう。

東京ミッドタウンのランドスケープで有名なアメリカの巨大ランドスケープ事務所EDAWでは、
デザイナーだけでなく、エコノミストやサイエンティストも抱えており、世界で現在1600人以上のスタッフがいる。
でかい。以前は隙間産業のように扱われていたランドスケープだったが、
巨大な開発や都市全体のプランニングをするようになり、
さらには建築の分野にも力を入れていこうとしている。
ここでもフラット化が進行中か。

また若くして成長し世界にいくつかの拠点をもつようになった
ロスを本社とする事務所GRAFT(でもパートナーみんな外人じゃん!ドイツ4にアルゼンチン1)では、
地球の裏側で昼夜が逆転しているのを逆手にとって、
同じプロジェクトを24時間動かし続けることが可能になっている。
データはネットのおかげで簡単にやりとりすることができるし。
これは面白い仕事の進め方だと思う。
同じ人間が無理して徹夜してがんばるのではなくて、
ちゃんと睡眠をとってフレッシュなメンバーが12時間ずつ働いて、
同じプロジェクトを地球の裏側とリレーし続ける。つまり高出力の24時間営業。
模型は難しいけれど、CADや3Dやスタディなら十分に可能。ほかにもやることはいろいろあるし。
会議はネットでほぼ無料でテレビ電話できる。メールも使える。
それぞれの朝イチと一日の終わりに会議で情報交換すればリレー完了。
徹夜と残業し続けて磨り減っちゃうよりは、よっぽど健康的ですね。
(外部とのやりとりもあるので、一箇所で昼と夜の交代制というのは非効率ですし)
これは新しい設計事務所(あるいは他の集団的知的労働)のモデルになり得るかもしれない。
下請けに図面やパースを回したりするのとは違って、
内部の人間だけでやらなければならない重要な初期段階の作業やスタディにおいても、
スピードと質を高く保ちながら仕事をすすめることができる。

とまあ、建築業界もグローバリズムの波に飲まれているようで。
学ばなければならないこともますます盛りだくさんになってきているようで。
でも、それで設計する側の領域が広がって自由度が増すのならそれもまた楽しいのかもしれません。
搾取される側からの開放じゃー、と。
ディベロッパーの計算式?わかります、と。
一度に全部身につけるのは当然無理だから、
5年から10年くらいの長いスパンでいろいろ体得していけばいいんでしょう。
常にレベルアップしながら人生楽しみましょう、と。

現在の建築プロジェクトの70%は発展途上国で起こり、
逆にデザインする側の人間の70%は先進国で学んだ者だという。
マーケットは国内にはないのである。
となれば、外に出て行けるような力をつけるしかない。
個人としても組織としても。
日本のアトリエも組織事務所もゼネコンも、
外国勢に負けじと、どんどん世界に出て行って活躍してほしいと思う。
(ネットの英語圏の建築関係のニュースでは、日本の事務所のでかいプロジェクトはあんまり目にしないし、
日本の組織事務所なんかはほぼ出てこない。出遅れてる感が否めない。辛口ですが)

いつかその一端を担えるようになれるかどうかわかんないけどそうなればと、現在も勉強中。
もちろん本分としてのデザインも含めて。
ビジネスやグローバリズムへの興味は、
言うなれば自分のサバイバルのためと、
業界全体の地位向上のヒントを得るため。

建築を学んだ学生が、なんか”覚悟を決めて”進む業界ではなく、
自ら進んでうきうきして就職してゆく分野になったらいいなあというのが以前からあります。
(いわゆる氷河期世代だからそう思っているだけかもしれませんが)
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by ogawa_audl | 2008-03-27 13:24
2008年 03月 26日
フラット化する世界、そして建築
フラット化する世界(上)を読み終える。
まとめた感想は、下巻も読んでから。

世界は変化している。
つまり流れている。
そして、個人個人は何らかの形で、
すでにその流れの中に入っている。
まずはその流れの中にいるということを自覚すること。

この流れに対しての態度には3つあると思う。

1. 流れに身を任せる
2. 流れを読む
3. 流れを変える

身を任せるのは簡単だけど、受身。
流れを読むのは、いろいろ調べて知識を得ることから始まる。
流れを変えるのは、なんらかの大きな力をもっていないと難しい。権力か誰にもない発想や技術。

a+uの449号の特集、建築のグローバル・ストラテジーをバスの行き帰りでつらつらと読む。
ここでもフラット化が起きているようだ。
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by ogawa_audl | 2008-03-26 00:27
2008年 03月 21日
地面が透明になったら
おもしろかっこいい映像を発見しました。
SUPERSPATIALに紹介されている、
スペインのマドリードのメトロ(地下鉄)のCM

建築でも、CGがますます一般化し、
ソフトウェアも改良され少しずつ使いやすくなっているし、
異なるソフトフェアもだんだん似てきている。
みんないいとこどりをすると似てくる。フラット化です。
映像もいずれは誰でも簡単につくれるようになってくることでしょう。

現在仕事で取り組んでいるプロジェクトも、
3Dをもとに図面を起こしています。
もちろん、図面化のときにはまだまだ2Dも生きています。
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by ogawa_audl | 2008-03-21 00:43
2008年 03月 17日
雑読
自室のソファでクッションに埋もれつつジャスミン茶を飲みながら、
スポーツジムで自転車こぎながら本を読む。最近いつもこのパターン。

「生きて死ぬ私(茂木健一郎)」
興味がわいたので、いつもの癖でばっかり食べ。日本で彼の本を数冊購入したうちのひとつ。
若い頃の著書。すごく個人的な体験や思考が並ぶ。
自分が生きているうちになにができるか。
限られた人生で自分の興味を追求する姿勢。
数ある天才の中で、とくに出てこないのが宗教的天才だと言う。
一般に浸透するような新しい価値をわかりやすく創り出すということの難しさ。

「ルポ 貧困大国アメリカ(堤未果)」
新自由主義政策によって始まった一連の流れ。
アメリカ国内のいろいろな問題は実は全てつながっていた。
貧困層、肥満、医療・保険、戦争。
そしてそれは国内に留まらず、世界へと波及している。
民営化の名の下に、一部の大企業が利益を効率よく得るためのシナリオを描き、
それに政府が従い、国民はわけもわからず巻き込まれてゆく。
貧困層(かつての中間層も貧困層に流れている)は、企業と国に使い捨てにされ、
それによって一部の企業は潤う。
貧困層の若者が行き着く先は、兵隊になってイラクにいくしかない、
という逃れられないシステムが出来上がっていることの恐さ。
徴兵制がなくても、政府が格差を拡大する政策を打ち出すだけで、
経済的に追い込まれた国民は黙っていてもイデオロギーのためではなく生活苦から
兵隊に志願し戦争へいく。
これを国家と呼べるのか。文明国と呼べるのか。
大企業が潤うという限られた一点のみが、経済の活性化とイコールとされていることへの
疑問を感じる。
大企業の活性化は国の経済全体が活性化していることと必ずしもイコールではない。

奴隷制は一時期なくなったように見えた。
けれど、システムを介在させることであからさまには見えにくくなっているが、
同じような構図はアメリカで、イラクで、強化されつつある。

これら大企業を支えているのが、実は今まで自分たちが何の疑問を持たずに
続けてきた消費至上ライフスタイルだったということ。
今の自分に出来るのは、とりあえずそういう現実を知っておくこと。
茂木さんは、宗教的天才は長い間ずっと出ていないと書いている。
市場原理主義の弊害が拡大しつつある現在、それに答えられる新たな倫理観や哲学、
ひょっとすると宗教のようなものが必要となるのかもしれない。

この本の内容はアメリカ国外のメディアなりマイケル・ムーアなりの発信によって、
ある程度知っていたものが多かったけれど、まとめて読むとなかなかショッキングだった。
けれど、一方で、「これはおかしい、やばい」と気づいて思慮深く発言している登場人物も
みなアメリカ人。
だからアメリカ国内の改善はやろうと思えばすぐにできると思う。
予算を決め、法を定める権限を持つ政府にかかっている。
つぎのアメリカ大統領は心のある人間であってほしい(誰になってもブッシュよりはましだろうが)。
そして政府と企業との関係をどこまでばっさりと切れるのか注目したい。

続いてトーマス・フリードマンの「フラット化する世界・上」を読み始める。
半分読んだけどおもろい。
世界の現場にすぐに飛んでゆくフットワークのよさ。うらやましい生き方だなあ。
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by ogawa_audl | 2008-03-17 12:59
2008年 03月 13日
またも空港で
日本からアメリカに戻る移動の時間は
毎度のことながら、世界の中の日本について考えてしまう。
そして、それを見越したかのような空港の書店のラインナップにいつもひっかかる。
特に持ち運びに楽な文庫サイズに弱い。
ある意味典型的な顧客なのだろう。かもられっぱなし。

帰りは名古屋からサンフランシスコ経由でシアトルへ。
シアトルの空気はなぜかわからないけれど爽やかで頭がすーっとなる。
日本の公共空間は暖房効きすぎ。

その移動中に読んだ本。
・3年で辞めた若者はどこへ行ったのか(城繁幸)
・私はこうして発想する(大前研一)

どちらも、20世紀と今とこれからの日本における人材や国際関係について論じている。

「3年で~」のほうは、現在の日本の企業が持つ「昭和的価値観」に意義を唱えて、
新しい流れを提示している。
主に30代より下の若い世代と50代以上との世代間の対立を構図としている。
これから現実がやってくるリアルな世代と、
現状でなんとか逃げ切りを図ろうとするかつてはリアルだった世代。
昭和的価値観を持つ側が、既得権を守ろうとしてそのしわ寄せが若い世代にいっているということ。
安い単価で働かされる若い世代がその代表的なもので、それが少子化も助長している。
「若いうちは・・」なんていうものも、今後は通用しない。
なぜなら自分が50代になったときに現在の50代のような収入が得られる保障もないし、
日本の企業に同じ体制を維持するだけの体力はなくなってきている。
その辺を予想している若者は、外資へ流れる、という構図。
ますます日本の企業に人材が入ってこない、という状況へ。
少子高齢化による労働力の減少については、その一般的認識を疑い、
女性や高齢者による労働現場への参加によって労働力不足をカバーできるという論。
現在は、それをなかなか認めない企業の体質がある。特に女性に対して。
実は日本のマスコミも、そういった守られた既得権を持つ階層の集まりであるため、
その仕組みを変えようという社会の流れが起こったら、いっせいにこれをたたく。

全体的に、昭和的価値観という共通項でくくって、日本の国内問題を扱っているという印象。

「私はこうして~」のほうも近いものがあって、
マスメディアやこれまでの時代の流れによって既成概念となっていることを疑って、
事実に基づいて真実と未来への予測を伝えている。これすなわち発想法。
ビジネスにからめながら、これからの時代に必要な人材育成を説く。
(そしてマインドコントロールのように、自身が経営するビジネス大学院を宣伝・・確かに面白そうではあるが)
でも、本当に伝えたいのは、これからの日本に対する危機感。とくに人材の面で。
労働力不足について、教育をほどこした上での移民で補うことを提唱しているのが、
「3年で~」との違い。時間がないという現実問題から来ているのもあると思う。
しかし、いくら労働力があっても、それを引っ張っていけるような優れた人材がなければ
どうしようもない。
特に情報がボーダーレスで先進国と途上国の地域格差がなくなった現在では、
世界のあらゆる場所にいる若者たち全員と、せーの、で競争している状態。
すぐれた知があれば、なんとかなる、とアメリカを見ていて僕も思う。
ブッシュを安易に支持してしまうような人々があふれるアメリカでも国際的に競争していけるのは、
一部のエリート大学や地域に集まる天才たちによって
絶え間なく新たな知が生産され続けているからだと思う。

どちらの本も、日本の新聞やテレビを見ていて植えつけられてしまう考え方を疑って、
そうではない事実を教えている。
そして、日本の若者の力を信じ、それを延ばしていこうとする思想を感じる。
優れた若い人材は、さっさと条件のいい海外へ行きなさい、とは言っていないところに、
日本への愛情を感じる。
二人ともこれからの日本をなんとかしたいのである。
一方、自分の利益追求にばかり走っているように見える日本の大企業のトップは
その辺ちゃんと考えているのかどうか疑問だ。

「3年で~」の著者は、現在の状況を、明治維新のころと重ねている。
自己の利益を超えて、国を引っ張っていく若者は出てくるか。
熱意も必要だけど、それができるような余裕も必要なのかもしれない。
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by ogawa_audl | 2008-03-13 13:25
2008年 03月 11日
日本で 2
週末、名古屋にて
中学高校の親友の結婚式へ出席。

地元の中学でも、その後進学した高校でも同じ剣道部に所属。
とくに高校では厳しい練習の後に電車にゆられ、
最後に追い討ちをかけるように上り坂を30分かけて自転車で帰宅して
オーバーワークで二人そろって血尿を出していたのも今は懐かしい。
暗闇を二人して自転車をこぎながら、
くだらないことから哲学的なことまでいろいろな話をしていました。
才能の突出した彼からは今でも多くの影響を受け続けています。

厳しい競争を勝ち抜いて得た高い収入と地位を自ら捨てて、
友人とともにベンチャーを興すという彼。
一生結婚しない宣言をしていたのも今は昔。
きれいな奥さんとともに、
家庭も仕事も、いつもどおりさらりと軌道にのせてしまうことでしょう。
本当におめでとう。


披露宴の後、
数年ぶりに、人によっては10年ぶりに、
高校時代の同級生と酒を飲みながらしゃべる。
東京を拠点にしているひとと名古屋を拠点にしているひとがメイン。
みんな一流企業に勤めたり、お医者さんになったり立派です。
仕事がどうとか、あいつとあいつが結婚したとか、そういった話をひと通り終えたあとは、
名古屋をどう盛り上げていくか、という議論に。

都市や建築の専門家でなくても、
みんな予想以上にちゃんと見ているし考えているんだと知った。
名古屋は、トヨタをピラミッドの頂点にして経済は潤っているが、
まだまだ外から来る人の目的地にはなっていない、というのは皆の共通認識。
外からあまり知られていない面白い場所はいくつもあるので、
ポテンシャルはある。名古屋城とみそカツとひつまぶしだけではない。
世界に誇る最先端の工業技術を見せることもひとつだし(実際にそういうツアーに外国人がきているらしい)、
有松や常滑や瀬戸のような古い伝統的な文化や産業や街並みが残っているところもある。
たぶん問題はそれが分散していることかなとも思うが。
実利主義的でまだまだデザインの価値がなかなか評価されにくいというのもある。
でも、若い連中が分野の垣根を越えて集まって議論して動いたら
一気に変えることもできるんじゃないか。そんなエネルギーを感じた。

世界から見て、外から人が訪れるようなブランド力がある日本の都市は、
現在では、京都と東京だけ、といってもいい。
これに続く第3、第4の都市が生まれてくることは、
経済縮小後の将来的な日本の財産になるだろう。
そのときの鍵は、東京でも京都でもない、新しい独自性。
地域性をどれだけ掘り起こして培養し発芽させ花を咲かせるか。
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by ogawa_audl | 2008-03-11 08:49
2008年 03月 11日
日本で 1
週末を挟んで6日間の休暇。
往復の移動に2日間。実質4日間の日本滞在。

最初は神戸へ。
神戸に来るたびに、このまちが自分の原点だと感じる。
建築や都市についてこのまちで学び始め、それが現在へと続いている。

今年度をもって退官される
神戸大の恩師の安田先生の最終講義へ。
大きすぎて広すぎて深すぎて、
僕のような若造にはずっと全体像がつかめていなかったのですが、
最後の最後になって簡潔ですが知ることができました。
そして多くの考えるヒントをいただきました。

挑戦と飛躍、失敗を恐れず勇気をもって、楽天的に、多角的に

という印象に残った最後の言葉。
なんの保証もなく一般的なレールを外れた道を歩んでいる現在の自分にとって
勇気をいただける言葉。

以前、
留学前の飲み会の席で、
安田先生の
「この歳になってもまだまだわからない」
という勇気ある正直な一言で、
それまでの不安や恐怖や緊張がすっと抜け、
自分の中で前向きな力に変わっていったのが思い出されます。
そしてアメリカに渡った後も、ずっと気にかけていただいていました。

アメリカにいるあと数年は、
楽天的に、多角的に、
考え、挑戦したい。
そして、いずれは大きな実践ができればと夢を描いています。

日本の都市のこれからについて、まだまだ考え続けたいです。
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by ogawa_audl | 2008-03-11 08:12
2008年 03月 03日
本にまつわるあれこれ
スポーツジムにて、マシンで歩いたり自転車こいだりする時間。
以前は音楽聴いたりしていたのですが、ここ数週間は本とか雑誌を読んでます。
そうすると時間もあっという間に過ぎる。退屈することもない。

家ではネットで面白そうな文章を探しては読んだり。
雑誌やネットで面白そうな本を見つけてはネットで注文したり。
アメリカの本はいつも会社に送ってもらう。
日本の本は日本でまとめて受け取り。
今頃実家には続々と本が届いていることでしょう。

物欲は我慢できるのだけれど、
知りたい考えたいという知的欲求は最近歯止めがきかなくなっている。
それができる時間があるときにやっておかないと、と自分に言い訳しながら。

注文しようか迷っていた本がネットで読めるのがわかって注文せずにお試し。
隈研吾の新・都市論-TOKYO-

以下気になった部分。

東京で騒がれた六本木ヒルズや東京ミッドタウンは、
広場+低層商業+超高層という三位一体のロックフェラーセンターの形式であり、
成長型社会の産物であった。
しかし、その後に訪れた成熟型社会にふさわしい「ビッグネス」を
われわれはまだ発明していない。

ミッドタウンは、
とっても洗練されている。
とってもスタイリッシュである。
とっても居心地がいい。
とっても安全だ。
でもその後に出てくる感想は、「で、それで?」

六本木ヒルズとミッドタウン後の東京の再開発は、すべてが中途半端で、
リスク管理に汲々としている。
建築家にとってインセンティブを与えてくれる案件は、
海外か、日本の小さな町や村でしかなくなっている。

都市における「村化」の動きこそ、都市再開発で最も重要な要素。
ある時期、日本人は必死になって都市から「村」を排除してきたが、
それがきわまった時代には、逆に「村」が持つノスタルジーこそが余裕の証となる。

そういう都市の中での村、みたいな場所に対するあこがれ、
志向性というのは、実はずっと持っている。
今、建築界の若い連中だって、実は小さな村的建築を目指しているといってもいい。
その気持ちがすごくよく分かる。

でも東京で手がける再開発プロジェクトが大建築になるのはなぜか?
それはスケールという問題の限界。
ある規模以上のものをボロな村として作ることは、まだできない。
東京で村的なソリューションを一からやると、大建築よりもコストがかかるし、
村の駄菓子屋で投資を回収することは、とても難しい。

むしろ「繊細」で「ひ弱」こそが日本人の特質であり、誇りなのである、
と開き直って、そこを極めていくべきではないか。

「コンビニ」「居酒屋」「カラオケルーム」
日本人はこういう匿名の空間を作ることに関しては、抜群にうまい。
匿名なのにリアリティがある。
実際、コンビニにしろ「マツモトキヨシ」や「ブックオフ」にしろ、
ここ10年の間に都市の表面に浮上した空間って、匿名の空間。

ボーダーレスに世界で仕事をすることの利点は、
「部外者」の視点を持てること。
世界のどこも自分の場所ではない、と自覚すること。
自分の家ですら、オレんチではないと知ること。





隈さんも、東京での再開発の当事者であるから、
実現において生じる様々な難題やそのメカニズムがわかっている。
一方で、中国や東欧などの「元気な」都市での仕事もしているから、
そことの比較もできている。

日本で唯一エネルギーの残る都市・東京の再開発の波もそろそろ終わろうとしている。
民主主義が強くなりすぎたので、パリ大改造のようなことはもう不可能。
都市「計画」という言葉が持つ壮大なニュアンスは、もう日本では機能しないのではないかと思う。
都市誘導とか都市縮小とかそんな感じなのだろう。
ちょっとだけ変化を加えていくようなイメージ。

美しいというスローガンによる都市改造の芽も、安倍さんの失脚でつぶれたし、
防災都市という理念での改造も、都市にエネルギーを注入ほどのイメージが浮かびにくい。
どの再開発を見ても、日本独自の魅力的な風景をつくるようなものはまだ見たことがないし。

「ビッグネス」がこれから起こる可能性はないわけではないんだろうけれど、
そのときには経済性を越える強いイデオロギーが必要なんだと思う。

隈さんが考える日本国内の都市の可能性のキーワードは、
「村化」、「繊細・ひ弱」、「匿名の空間」とのこと。
これらは、日本の若い世代のデザインに既に共通して見える。
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by ogawa_audl | 2008-03-03 16:07
2008年 03月 03日
一歩
自分を変えることと、自分を成長させることはほぼイコールだと思う。

今日の自分を少しでも変えようとしないと成長もない。
変化は成長。成長は変化。
たとえ変化しても、変化する前の自分の蓄積もなくなることはない。
積もっていくだけ。引き出しが増えるということ。

変化に必要なのは、考えること、発見、そして踏み出す勇気。
守りに入らずに、やりたいと思ったら動く。一歩踏み出してみる。

踏み出した後は、謙虚なスポンジになる。勇気を出して真っ裸になる。
そうして、新しいものをどんどん吸収する。

その先に確約された成功なんてあるわけないし、
もしあるなら何か特別な状況かズルでもしないと無理。

やらずに自分の中でストップをかけてしまうと、
いつまでもどっかに引っかかったままずるずる。
負のスパイラルへようこそ、となる。

だったら、失敗しようが成功しようが、やってみる。
やってみることで、なにかしらの結果は出る。
だめだったときも、このやり方と準備ではだめだった、という結果はでる。
結果は次のステップにつながる。
そうやって自分を変えていく。

試さないとわからない。
世界は、
誰かが試したことの積み重ねで前進しているんだから。

迷ったら行け。


コンペのお祝いのちょっとした食事会で美味しいワインとイタリアンピザを堪能。
話しも盛り上がる。
それぞれの生き方はもちろん違うのだけれど、
みなそれぞれやりたいことに向かって動いている。
そしてみなそれぞれ未来の確約なんてない。
未来は勇気を一歩を積み重ねて自分でつくるものだから。

おれもがんばらんとね、という刺激をいただく。
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by ogawa_audl | 2008-03-03 02:22