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2008年 02月 28日
おみくじ大吉の2008年
メールにて突然の朗報が入る。
仕事中ににやり。詳細は後日。
日本とアメリカの傾向の違いをまざまざと感じた。
建築をやるなら日本に留まってもいいんだと思う。
でもランドスケープ的なことを少しでも絡ませたいなら
今はアメリカのほうが裾野が広いのは確かなようだ。

ちょっと気分上向きに。
夕方、手伝いの仕事が多くて再び気分下向きになる。
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by ogawa_audl | 2008-02-28 01:31
2008年 02月 24日
身体→脳(こころ)
先週はややストレスがたまったというか、
やる気が出ないというか、つまり下がってました。

仕事上のこともあるのだけれど、
気づいたのは運動をしていなかった。
2週間くらいジムに行っていなかった。
会費を払っているのに(安いけど)。

土曜にジムで運動したら、汗と共にもやもやも出て行きました。
脳も動き出しました。

脳が身体を起こすのではなくて、
身体が脳を起こす。
「おい、起きろよ脳」と。

運動大事っす。

しかも再び以前のスーパー朝型に戻った。
今朝すっきり起きて時計を見たら朝2時半。
おぉー。驚く。
そしてそのあと、にやり。

日の出までたっぷり時間があるから読書も考え事もできるし、
夜から朝への光と色の芸術を楽しみながら、海が見える場所を散歩もできる。ああ幸せ。
明日からもこのままスーパー朝型を維持したい。

週明けの仕事は、今のプロジェクトが止まったので、
人手が足りてないほかのチームのお手伝い。
社内で派遣社員っす。
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by ogawa_audl | 2008-02-24 22:25
2008年 02月 24日
カワイイというデザイン
前回書いた、やわらかな自由。
カワイイというのと近いように感じました。

カワイイパラダイムとしてデザインに関わるひとたちのコメントがあります。

モダニズム建築は、わりとカチッとキチッとグリッドが見えるようなデザイン。
そこからちょっとズラしたり崩したりアンバランスさや弱さや動きを敢えて導入することでカワイイという感じが出る。
カワイイというのはある種の温かさとも言えるようです。

このずらしやアンバランスさが見える建築は、今までなかったわけではなくて、
地中海都市とか北アフリカなんかの”庶民の力”によって形成されてきた古い建築や都市で見られる。
このような歴史的な地区でも、庶民とは反対の、権威を象徴するような建築においては、
カチッとキチッとしたグリッドが見られたりする。

カチッとした建築デザインは、大きい建築に容易にコミットする。
カワイイ建築デザインは、小さい建築と親和しやすい。

ここで、カワイイ建築をデカイ建築に展開できるかどうか考えてみる。

小さく分割して群の建築にしたら容易にできそう。
ひとつのでかい塊としたら、大きくなった瞬間に、
カワイさが不気味さに変わってしまう気もする。
フューチャー・システムズのデカイ塊は、かわいいと評するひともいるけれど、
素直にカワイイというよりは、キモカワイイというか不気味にも見えるのだ。
カワイイのコワイイ化である。

デカくなってもカワイイを維持するにはもう少し考えないといけないみたいだけれど、
デカイ建築の内部のそれぞれの空間のレベルでは、
カワイイを実現することは難しくはなさそうだ。

現在のアメリカの建築を見ると、
カワイイという価値観が建築に受け入れられるにはまだ時間がかかりそうである。
ここでの建築に対する主な価値観は、世界共通で美しさはあるとして、
もうひとつはカッコよさや強さ。
男性的あるいは父系的な建築の主流が続いている。強い建築。

これはある種、アメリカ文化のアイデンティティでもある。
みんな弱さを見せないのである。
見せたくても見せられない空気があるのかもしれないが。
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by ogawa_audl | 2008-02-24 21:30
2008年 02月 21日
やわらかい世代のやわらかいアイデア
六花亭のティーハウスのコンペ案の一覧が楽しい。
おにぎりを販売する店舗という、シンプルなプログラムで縛りが少ないのも手伝ってか、コンセプトも形もさまざま。
規模が小さいというのもその要因のひとつかな。強い構造を必ずしも必要としないから、
建築と家具の中間みたいなものが可能になる。
参加者も第一線で活躍する若手の有名建築家から学生までいろいろ。

プレゼンは日本の流行が感じられますね。色とか線とか人とか。SANAAの影響はでかいね。
「おにぎり販売の店舗」でここまでアイデアが広がるんだから面白い。
これらの案を分析してみても、いくつかグループ分け出来たりしておもしろいかもしれない。

日本の若い世代の発想に、やわらかな自由を感じる。
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by ogawa_audl | 2008-02-21 13:45
2008年 02月 21日
新しいものを生み出すひと (2/2)
続いて、石井さんのライフスタイルと研究内容について。

まず、彼が影響を受けた人物は、
現在普及するパソコンの基本をほぼ全てつくってしまったダグラス・エンゲルバート
そして、MITに行くきっかけをつくったアラン・ケイ。
アラン・ケイは次のような言葉を発しています。先端を行く人ですね。
「同じ研究は絶対に続けるな。まったく新しいことを始めろ。
 人生は短い。新しいことへの挑戦は最高のぜいたくだ。」
「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ。」


続いて、彼のライフスタイルについての発言。

MITに入ってからは、寝る時間と食べる時間を極限まで縮め、とにかく考え、
周りの学生たちと議論し、コンセプトをまとめていきました。
コンセプトづくりにあたっては、ストラテジーを決めました。
ディファイ・グラビティ、重力に抗することです。
重力があることは常識ですが、そういうものにあえてあらがう。
今あるメインの考えや流れを当たり前と思わずに、それを根本的に疑って、
そのまったく逆を行くんです。

自宅の書斎が一番落ち着く場所なんですけど、
意外にも飛行機や列車などの乗り物に乗っている時にもひらめきますね。
コンピューターにつながっている時は まったくといっていいほどダメです。
できるだけ他の情報を遮断して同じことをじっくり考えられる環境の中で
集中力を高めていく時に良いアイデアが浮かびます。

エネルギーの源は、いろんな人に会って話をすることですね。
この年になってもまだまだ学びたい吸収したいという気持ちでいっぱいなんです(笑)。
好奇心の塊ですね。
一人で いる時間も好きなんですが、誰かと会って会話をする時間はとても大切です。
エネルギーを交換し合うような、魂と魂が触れ合う瞬間が好きなんですね。

エンジニアというラベルを張った段階で、もう壁ができている。
ビジネスマンであり、クリエーターであり、デザイナーであり、ストラテジストであり、
アーティストでないと。
大事なことは、エンジニアであることではない。社会にどう貢献するか、なんです。

私は、MITではプロフェッサーであると同時に、アーティストであり、デザイナーであり、
サイエンティストであり、そしてビジネスマン、セールスマンです。
ファンド・レイジング(資金調達)も自分でやります。

頭に浮かんだアイデアをいつでも書き留められるようにと
ネタ帳を常に持ち歩いている。

アイデアを形にするときは、まず紙に書く、絵を描く、ということですかね。
それから人(第三者)に見てもらうことです。
とにかくやり続けていくことが大切です。信じていれば必ずいつかは形になる。
そういう信念を持っていればアイデアは形になっていきます。

人々が、それまでまったく見たことも聞いたこともないものを欲しいと思うためには、
並外れた想像力が必要。


MITでの研究テーマはTangible Bits(タンジブル・ビット)。
実体のある・触れる(tangible)デジタル情報(bit)という意味。
以下、それについて語っている部分です。

宮沢賢治博物館で見たような肉筆原稿の文字の迫力が、
標準化・電子化されたテキスト・コードではまったく伝わってこないんです。
デジタルの世界は乾いていると思いました。
「どれだけ情報を削ぎ落とし、圧縮できるか」という技術効率至上の考えが、
「人間的なぬくもりや感動を伝える情報の中身は何なのか」という本質的議論に優先していた。
デジタルの世界に欠けているもの。それが今の研究の思想につながっていったんです。

それは、デジタルだからではない。
どれだけ情報を削ぎ落として圧縮できるかという技術効率至上の考えが、
人間的な温もりや感動を伝える情報の中身は何なのかという、
本質的議論に優先しているからである。
コンピュータの世界では、メインストリームのキーワードは、
ビジュアルやピクセルであり、リモートコントローラーとしてのマウスやキーボードです。
また、あらゆる用途に用いられるが、ユーザーはひとりが基本。
私は、これとまったく逆を考えました。
つまり、ダイレクトに触れられ、ある目的のために使え、複数のユーザーが同時に操作できる。
こうして、コンセプトを練り上げていきました。

デジタルとフィジカルの世界の間に横たわる境界線が、その研究対象です。
この二つの世界の間には大きな隔たりがあり、現在のグラフィカル・インタフェイスの持つ
身体性の欠如、空間の不連続性などの問題から、
人々が情報を自然な形で操作・活用することを妨げています。
スクリーン上のピクセルとしての情報表現を越えた、新しいインタフェイスの形を探るのが、
この研究のゴールです。
特に大事なのがアフォーダンス。
単純にそのものを見て掴むだけで、どのような物理的な操作が可能かということが、簡単にわかる。
そういったわかりやすさをディジタルの世界に持ち込むということも、大切な目標です。

今私がMITで展開している「Tangible Bits(タンジブル・ビット)」の研究は、
必ずしもそれを普及させて、商業的に成功させることが究極の目的ではない。
最も大切なのは、皆が当たり前と思っている同じ夢に対して根本的な疑いを持ち、
そして皆とは違う自分の未来を描き切ること。
それが刺激となって、それぞれが自分の未来を思い描きはじめ、
それぞれが違った未来を夢見はじめれば、もっと面白い明日につながるはずだ。

タンジブルの本質は、その定義にもあるように、単に触れられるだけでなく「存在を信じられる」ことにある。

実は「タンジブル」のオリジンのひとつには、日本の伝統文化があるんです。
例えばソロバン。
ソロバンの珠は、数字の情報を物理的な実体で表現できる。
情報を直接指で操作して計算できる。
ところが、現代のコンピュータはどうか。
情報の表現はスクリーン上のピクセルで、マウスやキーボードを使って、
間接的にしか操作できない。
情報に物理的実体を与えて直接操作ができないという大きな難点があるんです。

世の中にインパクトを与えるものに研究のエネルギーを集中する。


研究事例の映像が見れます↓
Ping Pong Plus
I/O Brush
Tangible Bits(触れて感知できる実体がある・デジタル情報)は、
ユーザーが使い方を発見するという点で、青木淳の「原っぱ」の考え方に似ていますね。
ほかにも最近の日本の建築界の若手の作品にはそういう傾向が見えますね。

最近日本でも盛んに言われる、ユビキタスについても語っています。

「ユビキタス」(Ubiquitous)の文脈は今ひどく混迷している。
「至る所にある」というユビキタスの辞書的な意味が転じて、
日本のメディアでは「いつでも・どこでも」ネットアクセスできる
多機能モバイル・コンピューティングという意味で使われているように思える。
1台の大型コンピューターを共有するメインフレームの時代から、
1人1台のパーソナル・コンピューターを 経て、
各人がたくさんのコンピューターを使うユビキタスの時代──という未来像は、
小型情報通信機器の販売を促進する旗としては、確かに有効な宣伝コピーではある。

ユビキタス・コンピューティングは、
「コンピューター」をubiquitous(いたるところにある)にすることだけでは決してありません。
これは、あなたの研究のように、コンピューターをメディアとして環境に溶け込ませるということだったのです。
(ユビキタスの生みの親Mark Weiserが石井さんに宛てた手紙から)

ブロードバンドの携帯電話ひとつで、いつでもどこでもネットにつながる──
確かにそういう未来もあるだろう。
しかし、もう少し違った面白い夢を見る人が、もっとたくさん出てきてもいい。
その夢をどんどん形にするデザイナーが、もっと出てきてもいい。

時代を超えて愛される普遍的なラベルは、強いビジョンに裏打ちされ、
適度な抽象度を持たなければならない。
そのラベルは手段ではなく目的を、人間にとって本質的な要件を、
明確に言い切るものでなければならない。
そして、確固たる実体がなければならない。
本来の意味を十分理解されず、マーケティングの文脈で濫用されているラベル「ユビキタス」は、
残念ながら、かつてはやった「ニューメディア」や「マルチメディア」のように、
一過性の流行歌のような運命にあると思われる。


若い世代の人々に贈る3つのメッセージ

1つ目は、研究者にとって「オリジナルであることが命」だということ。
後追いの研究や改良型の研究には向かわずに、革新的な研究にのみエネルギーを傾注する。これが大切な戦略だ。

2つ目は、徹底的に「なぜ?」という問いを発して研究の本質に迫ることだ。
何度も何度も浴びせられる「なぜ?」という問いにしっかりと答えていくうち、
アイデアが磨かれて人は成長する。

3つ目は人いち倍の努力。
平均的な研究者の2倍働き、3倍の成果を出して初めて対等にみてもらえる。
これが競争社会の厳しい現実だ。
私の場合、プライド と屈辱感がその原動力になっている。
屈辱感を前に向けて走り続けるエネルギーに変換することが、
過酷な競争を生き抜くカギだと思うのだ。


3つ目はきつそうですな。体力必須。

以前書いた、梅田望夫さんが言うような、頭脳の集積としてのネットの世界とは
また別の方向性のコンピュータによる人間生活の変化。
ネットが脳とコンピュータの新しい関係だとすると、
タンジブルは身体とコンピュータとの新しい関係が生まれるのかもしれません。

GoogleやWikipediaのほうなネットのほうに比べると、
タンジブルはまだまだ開発途上で具体的な姿はまだよく見えないという印象です。

石井さんの研究室での学生とのやりとりを見ていると、
建築のスタジオで、卒業設計かコンペなんかに取り組んでいるのとすごく似ている。
まず、スケッチして調査して考えまくって、今までにない強いコンセプトをつくる、というところが。

関連サイト
39歳でMIT教授!タンジブル・ビッツを生んだ石井裕
石井裕の“デジタルの感触”
石井裕氏インタビュー
何故?問い続ける石井裕MIT教授のエンジニア哲学
タンジブル・ビット -- 石井 裕
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by ogawa_audl | 2008-02-21 12:49
2008年 02月 20日
新しいものを生み出すひと (1/2)
スキーで普段使っていないインナーマッスルがすっかり筋肉痛です。主に足と背中。
痛くて大股で歩けない。。きょうはオフィス内の移動もつらかった。

ここ数日、

石井裕(いしいひろし)さん

というMITでコンピュータと人(社会)との新しい形について研究されている方にはまっています。
発言に刺激があって面白い。
単にコンピュータのことだけを考えているのではなくて、
もっと大きな枠組みで考えている。深い。
建築や都市の新しい世界を考える上でも、近いものやヒントがあります。
実際、彼が研究した成果は、MITの都市計画学科で使われていたり、
彼自身デザインに対する意識と感性があるようです。

いろいろ発言を拾ってみたのですが、かなりの量になった上に、
きれいに編集する根気も余裕も僕にないので、何回かに分けて記録しようと思います。
重複している部分も多々ありますがそこはご了承ください。

まず今日は、彼の簡単な紹介と、思想・哲学・姿勢。

絵を描くのが好きだった子ども時代を経て、
北大で学部・院とコンピュータを学んだ後、NTTで働く。

NTTに勤めていたとき、彼はいわゆる
“潜水艦プロジェクト(勤務先の仕事が終わる午後8時以降に自分の興味あるプロジェクトをする)”
をやっていた。
「本当にやりたいことがあればそうするしかないんですよね」

その後、会社からの理解も得つつ、新しいシステムを開発。
39歳のときに、それがMITのアラン・ケイの目に留まって、MITでの研究者・教師としてのオファーを受ける。
以後、MITで研究と教育を続けている(これについては次回)。

次に、彼が発する思想・哲学・姿勢に関しての発言。そのまま乗せます。

もともとオリジナリティのある仕事をして、世の中に貢献したいという非常に強いこだわりを
もっていました。既存技術の改良ではなく、世の中に新しい流れを作りたい。
そうすることで、自分のレーゾンデートルを見いだしたいと思っていたんですね。
日々のルーティンのジョブが終わった夜8時以降にやりたい研究をしていたんです。
一人でプログラムを書いたり、モノを作ったり、論文を書いたり。

コンセプトができた時点で、100%これでいけると確信があったわけではありません。
最初から成功が約束されているようなコンセプトやビジョンなんてあるわけがない。
リスクは当然ある。
問われるのは、リスクがあっても、やる気があるかどうか、です。

小さくしたり薄くしたり、早く、安く作ったりする研究も
非常に重要で意味のあるものだと思います。
しかし、まったく新しい概念をコンセプトから生み出すことも非常に重要なこと。
たとえ、そのコンセプトが実用にまで至らなくても、そのコンセプトを生んだ価値そのものは、
世界では高く評価されます。
だからこそ、なぜこの研究なのか、という哲学的な思考が大きな意味をもつんです。

研究に限らず、我々が創造的な仕事をしていくうえで最も大切なこと
──それは、オリジナリティーに対する固執、未来を見つめ続けること、
そして時々先人たちの偉業を振り返り自分の踏破した距離を確認することだと考える。
しかし、今の世の中は人のアイデアをベースにした改良型(incremental) で、
しかも短期決戦、売ったもん勝ち的なプロジェクトが多すぎる。

人生は長くありません。
私は常に死を意識しています。
自分が作った技術の行く末をどこまで眺められるかもわからない。
結果の収穫ができるかどうかもわからない。
ならば急がないと。
MITを通して、これまで社会からもらった力をお返ししていかないといけない。
そのためにも、今日一日が重要になる。

チャレンジせずに人生終わってしまうのは情けない。

私も次の世代に何か新しいモノを創り出し、残していきたいと思っています。
私はコンセプトやアイデアを残せます。
それらを受け取ってもらってそれぞれの受け手の中で発酵してもらい、
スパークしてもらえたらいい。
これからはたくさんのコンセプトやアイデアを残し、
若い人たちの何かきっかけづくりになるようなことをしていきたいと思っています。
技術開発とかビジネスだけでは何だか虚しいですよね。
自由で豊かな発想からいろんな例を作って、いろんな花を咲かせてほしいです。
次の世代に伝えていくこと、それが私の夢であり使命だと思っています。

新しいコンセプトを中心とした、ビジョン駆動型のデザイン。
その目的はビジョンそのものであり、たとえそのアプリケーションが廃れたとしても、
あるいはその実装技術が古くなってしまったとしても、
ビジョン自体が本質的に強いものである限り、
時代を超えて生き延び、次の新しいデザインを生み出すエンジンになるはずである。

デザインの目的とは何か。
我々はよく議論するのですが、
単純にものをつくって、美しくして、たくさん売って、ということではなくて、
新しい見方・考え方を提案することではないか。
イマジネーションがどんどん広がる。
そういう人間のもっとも貴重な想像する力、クリエイションする力、そういうものに火をつける。
それがある意味でデザインの大きな力なのかもしれません。

研究の駆動力になるのは、なにより独創です。
すでにある問いについて答えを出すことはあまり意味がない。
大事なのは、誰も問うたことのない問いを発することだ。

独自の深い「視座」を確立することが大切になってくる。
言い換えると、よい問いを発することが、つまらない問いに完璧な答えを出すよりはるかに
重要である、ということだ。
たとえ完全な解を出せなくても、今まで誰も問うたことのない本質的な問題を見つけ、
新鮮な問いを発すること──これが研究の成否の8割を決定する要因だと私は思っている。
誰もが当たり前だと思って疑うことのない既成観念に本質的な疑問を投げかけることで、
初めてより大きなブレイクスルーを生み出す研究への道が開かれよう。

新しいことをゼロから始めようとするとき、先行指標はない。
あるのは、リスクと信念、そして情熱だけだ。

何かのプレッシャーがなければ、必死さは生まれないと思っています。
忙しさの中で必死にヒントを見つける。
飽食の時代で恵まれすぎていることは、意外に不幸なことなのかもしれない。
飢えがないからです。

ハングリーでなければ何が食べられるか、何がチャンスかもわからない。
飢餓感とともに屈辱感も彼の燃料のひとつ。
最初は私だって馬の骨。高名な先生に会いたいと思っても、誰も会ってくれなかった。
その屈辱を支えにしてきた。その中で決して失わなかったのは、誇りと情念だ。

私は、多くの日本人が弱いのは、「深み」ではないかと思っています。
哲学、と言ってもいいかもしれない。
例えば、なぜ、という質問に答えられるか。
なぜ、その研究なのか。
なぜ、自分は生きているのか。
なぜ、自分という存在はあるか……。
世界にどう貢献するのか、という大義をもっているかどうかです。

How ではなく、Why。
その“なぜ”を何度も繰り返すと、結局哲学のレベルになる。
哲学をもっていないと人は生きていけない。
その哲学は、エンジニアにも研究者にも、それこそ、
そのあたりのおばさんにも子供にも理解できる普遍的なものでなければならない。
「哲学を究めるとは、死の準備をすることにほかならない」と言ったのは、古代ローマの哲学者・キケロ。

私はここでしゃべっているけれども、2050年は地上にはいない。
2100年にはみなさんもいない。
しかし、肉体は死んでも、名前は忘れられても、
あなた方が生み出したコンセプトは2200年になっても残るかもしれない。
メメント・モリ。死を想いながら成し遂げる仕事。そのような仕事をしてほしい。


人生が有限であることをきちんと受け入れている人だと思う。
その限られた時間の中で、世界に何を残せていけるか、
そこをとことんやっている気がします。

「なぜ」を3回繰り返しなさい。そうすると本質が見えてくる。

と、僕も小学生のころに父親に何度か言われたことがあります。
だからなのか、その後ずっと悩みっぱなしなんですけどね(笑)。

他人の死はなかなか受け入れられないのですが、
自分の人生の有限性については、僕自身も結構受け入れています。
そんなわけで、同世代の友人たちからは、
おじいちゃんとか性格がふけているとかよく言われる。
石井さんの発言を読んでいると、
もっと熱く燃えるおじいちゃんにならないとな、と思います。

最先端の技術は、研究の蓄積のみで出てくるのではなくて、
その現場にはいつも共通して、未来への哲学がある。
GoogleやWikipediaやオープンソースなどのネット世界の中枢でも同じように
信念というか理想として掲げる思想がある。

だから、一般に理系と呼ばれる人たちが、
哲学・思想をきちんと持っている、あるいは必須である、ということになってきているようだ。
マッド・サイエンティストというのは、もう古いんだな。
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by ogawa_audl | 2008-02-20 14:46
2008年 02月 16日
仕事
100%Design Developmentといくつかのpermit setの図面の締め切りが金曜でした。
もともと誰からも驚かれるようなタイトなスケジュールだったので、やはり締め切り直前は忙しかったです。
しかも、今週でさえ、さまざまな変更が加えられたり。
木曜の晩は朝方まで残ってタクシーで帰宅。シャワーあびて仮眠して8時半に出社。
無事提出終了。
これをもとにディベロッパーでもあり建設会社でもある施主の会社が最終見積もりを出します。

あー終わった、と思いきや、プロジェクト・マネージャーに、その施主のお偉いさんから一本の電話。
このお偉いさんは普段は出てこないひと。

このプロジェクトから手をひくかも、という内容だったみたいです。
ここで少しわかりやすく、契約の構図を説明すると、
S市→ディベロッパー→設計事務所ほか数々のコンサルタント
という感じ。
今回、一番上のクライアントのS市のほうから、今やっているフェイズに対して払われるはずの
お金が未だ払われていない。しかも、払われる気配がまだない。

むむむ。
さてどうなることやら。
月曜は祝日で3連休なので、火曜にどうなるかはっきりするみたいです。
市のほうがぐずっていたら、水曜以降はやることが急になくなるかも。

要はお金の問題で、
いい加減で、ぐずっていたS市のほうに、
ディベロッパーが本気の脅しをかけているんかな、と僕は見ています。
敷地にある既存の建物からは、新しい建設のために、テナントの退去が
すでに終わろうとしているので、S市のほうはストップしないんじゃないかと見ています。

でも、もしきちんと支払いがされなければ、デベのほうは今回は本気で手をひきそうな勢いも。
彼らにとっては、これは完全なビジネスなので。

仕事の後、チームで軽く打ち上げ。
ビール飲みながらぎゃーぎゃーしゃべる。

帰って眠る。
週末はかなり久しぶりのスキーへ。
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by ogawa_audl | 2008-02-16 23:35
2008年 02月 10日
妹島和世がシアトルにやってきた
UWのヘンリーアートギャラリーで小規模ながらSANAA特別展をやっています。
しかも、これがNYのニューミュージアムに先駆けて、アメリカで初めてのSANAA展。

それにあわせて、今日は妹島さんが忙しい中UWでレクチャー。一人15ドル。
もともとは西沢立衛さんが来る予定だったのですが、パリで用事ができたので、
ピンチヒッターで妹島さん登場。
今朝ヨーロッパからシアトルに到着して夕方レクチャーして、明日またスイスの現場に
行くそうです。
海外の仕事のほうが多いと聞きますが、本当に飛び回っていらっしゃるようですね。

レクチャーの内容は近作の紹介がメイン。
予想外と言っては大変失礼なのですが、
全てご自身でパワーポイントをさわりながら英語で説明されていた。
うまく言いたいことが言えなくてもどかしそうな場面もありましたが、
アメリカ人にもきっと伝わったと思います。
発音も文法もそんなの完璧である必要はないんです。
一生懸命伝えようという気持ちがあれば。
すばらしい講演でした。

まずはNYのニューミュージアムに始まって、梅林の家ツォルフェライン・スクール
トレド美術館ガラスパビリオン鬼石多目的ホール海の駅なおしま
フラワー・ハウス豊田市生涯学習センタールーブル・ランス
EPFLラーニングセンター、などなど。

近作を通して、それらがどういうふうに進化していったのかがよくわかりました。
例えば、四角や円の幾何学平面だったものが、
トレドや鬼石で曲線になってゆき、
豊田でそれが垂直に積まれ、
最後はEPFLラーニングセンターで、床が垂直に動き出し波打つ。

同様の発展では、箱を水平に散らした金沢21世紀美術館のあと、
ニューミュージアムで箱を垂直に積んでいることにも見えます。
(となると、EPFLラーニングセンターが垂直に詰まれて高層化したようなものも
 お目見えするのかどうなのか。外に出たり内に入ったりしながら上昇していく、それはそれで魅力的かもしれない)

EPFLラーニングセンターはほんとうにえらいことになっています。
すごく新しい建築あるいは場所が生まれるのがひしひしと感じられます。
既に建設は始まっていて、1年で完成する予定だそうです。
これを見ていて思い出したのが96年に学会賞をとったマルチメディア工房
これも盛り上がったランドスケープと弓なりに下がった屋根が接していたな、と。
そのアイデアが熟成されて花開いたのかなと考えたりしました。

ほかの発見は、
設備についての扱い方。
あまり言われないけど実は結構ちゃんと考えられてる。

例えばトレドではガラスとガラスの間の細い空気層が断熱の役割をしていたり(ときにはショーケースにもなる)、
ツォルフェラインスクールのコンクリートの壁の中には地下から引き上げた
温水の熱を伝えるチューブが張り巡らされていたり(安藤さんもやってるの?)、
ニューミュージアムの詰まれた箱の一番上の箱は実は機械室だったり。
設備とデザインの関係がシンプルかつ合理的に解かれている。

実は妹島さんは、独立最初の仕事で、
天井輻射冷房をしようとした逸話がある(内藤廣対談集p.192)。
結局それは構造との関係で実現できなかったらしいけれど、
もともと設備にも興味はあったのではないかと思う。

また、SANAAの建築が変化し続けながらも
未だにずっと変化していない部分があることに気づいた。
抽象性というようなコンセプトはもちろんなのですが、それとは別に。
平面が四角でも円でも曲線でも、あるいは床と天井が波打ちだしても、
変わっていない部分、それは

いつも垂直な透明のガラス。

それがSANAAらしさを保ち続けているようにも見える。
(例外はオペーク・ナゴヤ小さな家、かな)

ザハ・ハディドは、自身の作風について、
斜めの壁もできるんだから、なんでやらないの?
という発言をしていましたが、SANAAはそこはまだ動かさない。

なんでだろうかと少し考えましたが、そもそもSANAAの建築は、
機能的にどうしても必要なとき以外(例えば住宅とか美術館とか)、

壁は、ない。

透明な視線の抜けがあるだけ。

透明だから、わざわざガラスを斜めにする必要もないし、
斜めで得られるかもしれない反射の効果も、曲面ガラスで獲得できる。
それに、垂直なほうが、斜めに比べて表面積が少なくて済むからコスト的にもプラス。

また、透明を感じさせるからマテリアルは感じない。
マテリアルを見せるためのマテリアルではなくて、
独特の抽象化された空気や景色の見え方や空間の広がりを実現するためのマテリアルだったりする。
だからむしろマテリアルは消えるべきものになっている。
あるいは曲面ガラスのように視覚映像を歪めるためのものであったり。

ミースの建築を正統にやり続けて最も進化させているのがSANAAだと言われる(確か藤森照信さんだっけ?)。
ミースを近代建築と完全にイコールでつなげることはできないけれど、
近代建築が効率的なシステムによって誰でも考えないで使えるようなユニバーサルなものを普及させたのに対し、
ミースを進化させたSANAAの建築は透明感を持ちながらも複雑化し、使う側の人が空間を
発見する、出会う、考える建築を作り出している。
そして、美を感じさせる建築から、それに加えて、楽しさも感じさせるものへと変化している。
その場に身を置いたらなんだか楽しそうだな、と感じる。

現在、建築のスタイルはいろいろあるけれど、
使用者が自由に空間を発見し、出会い、考える建築、使って楽しさを感じる建築というのは
ほかの建築家にも共通して感じられるし、21世紀の新しい流れなのかなとも思う。

またそのほうが、自分だけの使い方や場所が発見できて、
その建築への愛着も湧くのかな、という気もする。

(初期の妹島作品はこちらが詳しい)
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by ogawa_audl | 2008-02-10 19:15
2008年 02月 10日
3つの時間
仕事をしたり考え事をしていたりして少しクリアになってきたこと。

毎日時間を使う、仕事あるいは思考の内容においてはどうやら3タイプあるな、と。

数学に例えると、

1. 次々に与えられる練習問題を解く。解くための公式がある。これをたくさん繰り返す。
2. なかなか解けないとされる難しい証明問題を解く。
3. これまでにない新しい問題や公式をつくる。

1は、日常の業務であったりある程度やり方の確立された仕事。
同じことの繰り返しかもしれないけど、それをやらないと回らない。積み重ねが大きな力を生む。

2は、その分野でスパンの長いプロジェクトだったり、あまり前例のないプロジェクト。
いろいろ新しいことに取り組む必要がところどころで出てくる。

3は、その分野自体を変えてしまうような、ひっくり返すような新しい概念・分野・組織を生み出すこと。

これが

11111111111111111111111

22222222222222222222222

33333333333333333333333

となっている人は少なくて、

11122113111222111213121

てな具合で混ざり合って仕事したり思考したりしてるんだろうと思います。
混ざり方の順序や割合はひとそれぞれで、状況がそうさせるのかもしれないし、
自分でそれを選んでいるのかもしれない。
自覚してやってみると、あとになって違った結果が出てくるかも。

どんな毎日がやってたとしても、
朝起きて一日が新鮮に感じられるのがいいな。
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by ogawa_audl | 2008-02-10 06:32
2008年 02月 10日
デザインするということ
NHKのプロフェッショナルのクリエーター特集を借りて観る。

デザインの意味
について、ときどき迷うことがあるのですが、
彼らが信じるデザインについて引用してみます。

まず佐藤可士和さん。
グラフィクデザイナー、アートディレクター。
博報堂出身。親は建築家。
「デザインとはコミュニケーションの回路づくり」
「表面でとりつくろっているものは、弱い、かっこわるい」
「考えた量は使い手に伝わる」
「考えることがデザインの純度を高める」


吉岡徳仁さん。
インテリア・プロダクトデザイナー。
桑沢デザイン研究所、倉俣史朗、三宅一生に学ぶ。
「未来の定番をつくりたい」
「今までにないもの(オリジナルなもの)をつくるのがデザイン」
「単純なものほどメッセージ性が強い」
「装飾をするのは、自信がないことの現れ」
「感覚的な部分で人を幸せにすることができるのがデザイン」
「トレンド、消費されるデザインはいやだ。10年後も新しく感じるものを」


鈴木成一さん。
本のカバーをデザインする装丁家。
既に4000冊以上を手がける。
1冊あたりのギャラは15マンだそうです。(ちなみに年間数百冊をデザイン)
「毎回の仕事を、納得できる形で実現していく。それがなくなったら終わり」

妥協なく考え抜いて見たことがない新しいものをつくる。
それを毎回の仕事で続ける。
それがクリエイター。

デザインがなくても世の中は成り立つ。
でも、あったら少し豊かな気持ちになれる。そういうもんでしょうか。

その世界のトップを走っているひとをみていると、
ぐぐぐーっと考えている、メラメラ燃えている感じが伝わってくるタイプのひとと、
いつも笑顔でやわらかい、ふわふわしたような感じで新しいことをひょいとやってのけてしまうひとがいるように見える。
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by ogawa_audl | 2008-02-10 06:07