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2006年 06月 22日
Alone in Seattle
今週末はなんと、いつもはにぎやかな家にただひとりです。
ほかの5人のルームメイトのうち4人は、UWのサマースクールのデザイン・ビルドで
Yakimaというところに、家を建てにいっています。日曜にまた帰ってくるそうな。
残る1人は実家のあるシカゴへ。

ひとりでいることは嫌いではないので、たまにはいいかなと思っています。
いい気分転換になるし。たまには静寂も乙。

今日の晩は、普段良く行く近所のベーカリー・カフェのオーナー(32)に誘われて、
飲みに行きました。なんかよくわからんうちに気に入られてる。日本人だからかな。お互い建築勉強したってのもあるかな。
彼は、ドイツで建築の学位をとって(ということはたぶんライセンスを意味する)、
その後、家族のいるシアトルに移って、ドイツのライセンスが通じないからと、今度はUWで歯学の勉強して、
卒業後ロスの病院で歯医者さんをしていて、つい3ヶ月前に、ビール3杯の飲酒運転でつかまって
歯医者のライセンス剥奪されてシアトルに戻ってきたというなかなかすごい経歴の持ち主。
来年また再申請できるらしいけど、どうなるかわからんみたい。
そんな厳しい措置がとられるとは、本人思ってなかったらしく、「人生って・・・」みたいな
発言多数。そのたびに彼を励ますこと多数。
今はビジネスに興味があるんだとか。日本にも行きたいそうな。
ちなみに、送り迎えは白いスポーツ車タイプのベンツでした。さすが元歯医者in USA。
当然のようにお金は出させてもらえませんでした。おごっていただきました。刺身三昧。

話していて初めて知ったのは、ドイツは学費がぜーんぶタダだということ。
しかも、留学生に対しても。
さらに、ドイツでは世襲制が生きているらしく、みんながみんな大学へ行くわけではないので、
大学に通う学生の半分以上がドイツ以外の国から来ていたらしい。
でも10年くらい前の話だから、今も同じかどうか確証はありませんがたぶん。

留学を考えている方、今からドイツ語を勉強して、ドイツの大学へ行ってはどうでしょう?
勉強に対しては厳しいみたいで、鍛えられると思いますよ。
ヨーロッパの真ん中に位置するからほかの国へすぐに行けるのもいいですね。

別に今の旬にあわせたわけではないですよ、たまたま。
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by ogawa_audl | 2006-06-22 17:40
2006年 06月 20日
シアトルの色
最近、何かで読んだ中で、北海道の風景の色は日本で唯一油絵に映えるというのが
あったけど、シアトルの色も、北海道に似ているとこの時期思う。
シアトルの緯度は樺太あたりだから植生も似ているのかもしれない。


空は澄んだ水色で、雲は真っ白。

草原の草は風に波打ち、

草に混じって咲く白や黄やピンクの花も

風にゆらゆらと踊り、草の上を浮遊する。

黄緑色の若葉も光に照らされてきらめき、

その下には心地よく揺れる木漏れ日をつくる。


冬のグレーなシアトルは気が滅入るけど、
初夏のこの時期のシアトルはとても気持ちいい。


遊びに来ません?(←これが言いたかっただけか)
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by ogawa_audl | 2006-06-20 07:21
2006年 06月 16日
graduation in the US
卒業シーズン。
アメリカでは、卒業式というのは、本人だけではなく、親や家族にとっても
一大イベントのようで、卒業にあわせて家族が休暇をとってやってくるというのも珍しくありません。
この時期、大学のある都市部では、ホテルはいっぱいになるし、外からやってくる車で、
中心部に入る道路は渋滞するのだとか。

僕のルームメイトたちの家族も来ていて、いろいろ手作りの料理をご馳走になりました。
卒業式の後は、家族でシアトルを観光したり、ちょっと泊まりで遠出したりしてるようです。
みなさんいいひとたちでした。
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by ogawa_audl | 2006-06-16 05:03
2006年 06月 16日
Design Thesis 9
終わってみて、自分で納得していない部分も多いのですが、
まわりの反応が悪くなかったので、これはこれでよかったのかな、とも今は思っています。

作り出したカタチが、アイデアと強くリンクしたカタチになっていないと、
自分で思っていて、まだまだ形態を考えていたかったのですが、
期限が迫ってきて、デザインの作業にストップをかけて、発表のための’モノ’の
製作にとりかからねばならなくなったのが、5月中ごろだったかと思い出されます。
CADの画面上でバンバン決めていかなければなりませんでした・・。
でも、アイデアを提示するための、プロトタイプはできたのではないかと思っています。

ファイナル・プレゼンテーションや、卒業式後のレセプション時にやったピンナップで、
ボードやムービーを見てくださった方々の反応を見ていると、皆楽しんでくれていたようで、
最低限の目標は達成したかなと、思っています。

印象的だったのは、ファイナルにたくさんのスタジオの友人たちが見に来てくれたこと、
講評に来ていた建築家のひとりが、とても気に入ってくれて、このアイデアを実現するために
PhDで研究したらどうかと言ってくれたこと(もちろん僕にその気はない.デザインしたいし.笑)、
卒業式の日に見てくださった様々な年齢の一般の方たちが気に入ってくださって何度も握手を求められたこと、
ムービーを見てジブリみたいだと言った女の子の言葉(実はナウシカの腐海の森からも
インスピレーションを受けていたから、するどいな、と驚いた)、などなど。
素直にうれしかった。

でも、

まだまだ満足しない。
もっと自分を磨かないと。
まだまだ力不足だと実感した2ヵ月半でした。

ここからがまた新たなスタート。
謙虚に。
真摯に。
正直に。
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by ogawa_audl | 2006-06-16 04:25
2006年 06月 16日
Design Thesis 8
題名は
"Architecture as Environmental Filter"

↓プランはこんな感じ。駐車場は北に寄せて、歩いて移動する敷地。歩道はガラスで、
下を流れる海水や水中生物が見える。中央の親水公園にはgabion wall islands.
引き潮のときは子供がその上で遊ぶ。もちろん水中生物の棲みかとなる。
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↓潮の干満で親水公園の表情も変わる
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↓西立面
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↓ルーフガーデン。どっちでもいいけどなんとなく。UWの先生、環境好きだから。
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↓都賀川の遊歩道を延長して、敷地南端の海が見えるビュー・プラットフォームまでつなぐ。床はガラス。
 水中から伸びたgabion wallは地上では美しい光のすじをつくる。
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↓部分的に屋根つきの広場。頭上の高速道路を視界からさえぎる。地域のイベントなども。右は図書館。
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↓海を望むビュー・プラットフォーム。左は図書館。
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↓左、ビュー・プラットフォーム。右、図書館。その上をハイウェイ・ブリッジ。
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敷地の東西を結ぶガラスのブリッジ。屋根をかけ、視界からハイウェイの存在を消す。
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↓住宅の間のコミュニティ道路。これもガラスで、下の様子が見える。
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↓住居ユニットにあるプライベートなウォーター・ガーデン。時間によって水位が変わり、
 閉じていながらも大地とつながっていることを感じる。水面で反射した光が室内の奥まで照らす。
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↓広場を北から見る。光を反射する白い床。一部ガラス。地下は海水が行き交う。
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↓1月17日の早朝、人々は広場に集まり祈る。そこに朝日が差し込んでくる。
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by ogawa_audl | 2006-06-16 03:11
2006年 06月 16日
Design Thesis 7
前置きが長くなりましたが、考えているところは理解していただけたかと思います。

プロジェクトのプログラムは、主に低層の集合住宅であり(震災後の高層住宅へのオルタナティブ)、
都賀川から遊歩道を敷地に導きいれ、その入り口となる敷地の北側には
カフェ、レストラン、店舗などを計画。敷地中央には潮の干満で海水が出入りする
親水公園があり、南側の海が見えるあたりには、コミュニティの広場とホール、図書館
などを計画。また、震災のメモリアル・デイに対応した仕掛けもつくる。
各住宅にはプライベートなウォーターガーデンがあり、ここも潮の干満で水位が変わります。
ここまでが人間のための建築。

一方、建築と敷地全体は、基礎の部分がゲイビオン・ウォール 
(gabion wall.ヘルツォークがワイナリーで使ったような石が詰まったもの)となっており、
そこは、海中の微生物、海草、貝類、甲殻類、などの生息地となり、それら全体が一種の
フィルターとなって、そこを透過した敷地内部の海水を浄化します。
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この方法の有効性は、
礫間接触酸化法を用いた海水の浄化システム(運輸省第三港湾建設局海域整備化)、
人工海浜による海域自然浄化システム(東洋建設)、
石積み浄化堤による海水浄化工法(大林組技術研究所)、
などを参考にしました。
これは大地のための建築。機械類を全く使わない自然の生態系を利用した方法で、
地上の人間のための建築がその役割を終えたとしても、地下は汚染された水を浄化しながら
大地の一部となり、海に溶け込んでいくという計画。
ここでは建築は人と大地をつなぐ中間的な存在となる。
また、水は光を反射し、空間内部には、上と横からだけでなく、下からも光が入ってくる。
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                        ↑初期のイメージスケッチ
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by ogawa_audl | 2006-06-16 02:22
2006年 06月 16日
Design Thesis 6
敷地は神戸市灘区、都賀川の河口にある緑地公園。公園の頭上にはハイウェイが走り、
敷地のすぐ東は神戸製鋼と発電所となっており、巨大な煙突が立っています。
この公園は震災前は存在しておらず、小さな入り江のようになっていましたが、
震災後発生した瓦礫をもとに埋め立てて現在の姿になったと思われます。

神戸市も他の多くの都市部の海岸沿いと同様に、多くが工場や倉庫などプライベートな
敷地で覆われ、一般市民は海に近づきにくい状況となっています。
また同時に、神戸では東西に何本もの自動車道路、鉄道が走り、南北に歩いて移動する
場合に困難を生じさせています。
神戸市で育った妹尾河童氏の自伝的小説、「少年H」では、海と山を行ったり来たりして遊んだという
記述がありますが、現在はなかなかそれが難しい状況となっています。

この敷地に注目した理由は、都賀川の河口ということがひとつ。
都賀川は、住吉川や芦屋川と同じように川の両側に遊歩道があり、そこを歩けば、
自動車道路や鉄道にさえぎられることなく、南北に歩いて山と海を移動できるという
ポテンシャルを持っている。でも残念なことに、現在の海沿いの公園は
そのすぐ手前で産業道路によって分断され孤立した状態にあり、市民はなかなか
使いにくい状態にあります。ここをうまくつなぐとともに、遊歩道のゴールとなるような
場所を作り出せれば、という思いがありました。

またこの敷地は、埋め立てで失われたもとの海岸線が海に接する数少ない場所であり、
敷地のすぐ北には長い歴史をもつ酒蔵が並んでいるというもの魅力のひとつ。
かつてはここから江戸へ向けて、舟で酒樽が運ばれていました。

神戸製鋼所が立地する埋立地ともとの海岸線との間につくられた細い運河が海へと
つながる出入り口もこの敷地のなかにあります。
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by ogawa_audl | 2006-06-16 00:43
2006年 06月 16日
Design Thesis 5
自分のプロジェクトに話を戻します。

計画された建築(群)が、個人、コミュニティ、アーバン・デザイン、ランドスケープ、地球環境、と
様々なレベルの問題に対して貢献できればいい、というのが大きな目標でした。
単一の建築では難しかったので、結果的に建築群となり、敷地も少し大きなものになりました。

やりたかったテーマとしては、人間に対しての建築であると同時に、
大地に対しての建築でもあるものをつくること。
そして、20世紀に傷ついた様々なものを癒すような場をつくるということ。
それは、環境でもあり、ひとの心でもある。

神戸から関空に向けて湾岸線を走るバスの中から、工場で覆われる海沿いの風景を見ていて、
ノスタルジックでかっこいいという見方も出来るけれど、未来とか大地のことを
考えると、決して美しくはないな、なんとかならないかなと考えながら、
シアトルに戻ることが何度かありました。
狭い国土の日本で、戦後、世界と競争し豊かな国をつくるためにこの海沿いの工場地帯が
果たした役割は大きく、それを成し遂げたひとたちを尊敬する。
だから、現在の海岸線がこのようになってしまっていても責めることはできない。
では、次の世界をつくる自分たちの世代がするべきことは何なのか。

‘21世紀は22世紀を迎えるための準備期間でしかない。これまでの100年は、人類の
 長い過去と未来を売り飛ばして暮らしてきた異常な100年だった。22世紀の成熟社会
 に向けて、持続可能なライフスタイルを設計するというのは、魅力ある超大プロジェクトです。’
 (林昌二)

‘もはや近代主義から、新しいものは出てこない。それに変わる新しい理性が必要と
 されている。「自然や世界の一部であるという人間像」が求められ、それに対応した建築、
 超近代人のための建築をつくらなければばらない。’(伊東豊雄)

‘建築のカタチではなく、その働きが自然をなぞること。ガウディのように表現主義的に自然を
 模倣するのではなく、自然が成り立つ仕組みを模倣する。’(伊東豊雄)

などの言葉に勇気付けられながら、そして空間のイメージはフランス人アーティストAIRの
‘Alone in Kyoto’ という曲を何度も聴きインスピレーションを受けながらつくっていきました。
この曲は、最終プレゼでつくったメインの映像のBGMとして使っています。

いろいろな機能や要求を満たしながらも、いつも最後に心がけていたのは

‘美しくなければ建築ではない’

という言葉でもありました。同じ機能のものをつくっても、美しいほうが世間に受け入れられやすい
となんとなく思っているところもあります。
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by ogawa_audl | 2006-06-16 00:14
2006年 06月 12日
Design Thesis 4
ローマ・プログラムを通して考えるようになったのは、とくに’時間’についてでした。
紀元前のものから、数十年前のものまで、様々な時代の建築を訪れてみて、
それらが現在どのような状態になっているか、興味深いものがありました。

完全に姿を消したもの、
遺跡や廃墟となって緑に覆われ大地に帰りつつあるもの、
観光資源として保存されているもの、
形を大きく変えながらも使われ続けているもの、
何度も塗り重ねられるように更新されて、街全体が建築群となっているもの、
内部の機能は何度も変わりながらも、建築としての形はほぼかわらないもの、
などなど。

こういうものを見ると、出来た当初の機能とかプログラムと言うのは、
極端に特化した機能をもつもの(お墓とか)意外は、用意に変えられることがわかります。
でも、機能が変わっても、あるいは廃墟となっても、開口部が巧みに考えてあれば、
空間内部に入る光の質は失われない、というのが発見でした。
空間の質に寄与するマテリアルとかは、お金をかけていいものをそろえることが
できるけれど、時間が経ったらそれは風化していた。光は、開口部さえ取れば、
タダで、ほぼ永遠に同じ質が保たれるのがいい。

現在の消費社会においては、建物は簡単に取り壊されているけれど、
もっと長い時間のスパンで考え、出来ればその建築が命を全うして大地に溶け込んでいく
姿まで想像して計画できたらいいなあ、とそんなことを考えたりしました。
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by ogawa_audl | 2006-06-12 22:42
2006年 06月 12日
Design Thesis 3
キンベル美術館は、本では見ていたものの、なんだか固い印象を持っていました。
ほかの大規模なカーンの仕事も同様に、ストイックで近寄りがたい印象で、むしろ
住宅作品のほうに興味を持っていたのですが、実際にキンベル美術館を訪れてみると
その印象は全く変わりました。

内部空間の’質’は、やわらかく温かかった。
そしてそれを創り出しているのが、空間に入ってくる自然光だと気づきます。
’空間’あるいは’空間における光’を初めて知ったような気持ちでした。
それまでわかったような気でいた空間とは、まったくレベルの違う空間の質をもっていた。
そして、2日間続けてほぼ一日中そこに身を置いていると、訪れてくる人たちも
それを感じていることがわかってきます。
’空間のもつ力’を初めて知った瞬間でした。
そしてその後しばらくカーンにハマることに。
夏にアメリカを旅してカーンの作品をいくつか訪れ、また書籍も読み漁りました。
難解だと思っていたカーンの言葉も、実際に建築を訪れてからは、不思議と感性の
部分で、以前よりも自然にすっと理解できるようになりました。
空間において優しい光を創り出せば、それが癒しのような効果をもたらすと、
自分の体験を通して信じるようになり、そこからずっと、空間内部における自然光について
いつも意識して建築をみるようになりました。
そうなってくると、壁や天井など、空間を囲む要素が視界から消えていき、囲まれている
空気、あるいは溶媒のようなエーテルのようなものに意識がいくようになりました。
このエーテルのようなものを創り出すことができるのが、建築なのではないか、と
考えるようになりました。またそれが、’建築ができること’のひとつなのだと。

シアトルにあるスティーブン・ホール設計のチャペルの内部空間の光も名作だと思います。
様々な色を用いて、’光の遊び’のような感じ。

一方で、現代の光の建築家として、シンプルな光を使うポルトガルの建築家アルヴァロ・シザ
の光も体験してみたい、と思い、その年の秋から始まるローマプログラムの直前にスペイン・
ポルトガルで、彼の作品を見て回りました。
彼の建築は、いつも白いのですが、その白の意味を現地でようやく理解しました。
白は反射率の高い色。白い壁や床、天井は、光を空間の奥へと導く反射板の働きをもつ
と同時に、美しい光を映すキャンバスの役割も。
しかし、光の強い地中海周辺でなら成り立つかもしれないけれど、もっと北のほうの光の
淡い地域では同じことが出来るかどうかはわからない。だから、リージョナルな建築である
ともいえる。

その後、空間内部における光についての意識を保ちながらイタリアに戻り、
2005年9月末からローマ・プログラムが始まる。
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by ogawa_audl | 2006-06-12 14:02