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2006年 05月 21日
公園、住居、都市
suna君と話してて、公園とか集合住宅とかのことについて頭をよぎったことを
自分への記録用に。

ima!君の’そもそも論’に乗って(http://sunauw.exblog.jp/2085470/)、

「そもそも公園とは何ぞや?」

ということをちょいと考える。

シアトルのグリーンレイク周辺とか、NYのセントラルパークみたいな
緑と水にあふれた都市のなかの大規模なオープンスペース。

小さな敷地に遊具を並べたような街中の小さな公園。

山海の自然公園とかナショナルパーク。

イタリアのピアッツァのような緑がなくレンガや石でできた乾いた、
でも人の活動であふれた場所。

ローマみたいに都市の中で、遺跡が保存されている場所。

都市のビルの足元にあるピロティ。

ビルの中のアトリウム。

家の前の道路(ガキのころはアスファルトに線を引いてここでしょっちゅう遊んだ記憶がある)。

個人的には、パブリックでくつろげる場所という感じでは、カフェとかも似てるし、
アメリカ人ルームメイト5人と住んでるリビングもそれに近いと感じる。

「安価にくつろげる公共空間」

といえるのかなあ。だから、ひとによってどこまでが公園的でどこまでがそうでないか
という定義は異なってくるだろう。
よい公園とは ’心地よく過ごせる時間’ を提供できる場所ってことかな。



昨晩バス停を降りてから家までの上り坂を歩くと、金曜の夜なので、そこここの家で
ホームパーティがなされていた。この文化自体、日本とはちょっと異なるのだけど、
それに加えて、住宅地の構成が、この雰囲気をさらに強めているよう。

というのは、アメリカの住宅地では塀や生垣がなく、歩道からそのままずるずるっと庭があって
その先にエントランスドアがある。そのドアのすぐ脇には、その家で一番大きな羽目殺しの
窓ガラスが目隠し無しにでんと構えている。この中はリビングで、パーティ会場でもある。
だからとくに夜は、室内の’雰囲気’がわかる。
でも、歩道からの距離がある上に、フロアレベルが少し高い位置にあるので、
外から見えるのは明るく照らされる天井。だから室内の様子が丸見えで目が合うということは
あまりない。あくまで’雰囲気’。
こんな日に住宅地を歩くと、このような ’ショーウィンドウ’があちこちに見られる。
これは夜にやってくるお客さんに対して
「やってまっせー」
という目印ともなるようだ。

アメリカの住宅で玄関を開けてすぐにあるリビングは、この大きな窓も加わって、
セミ・プライベートあるいはセミ・パブリックな空間といえるかな。

それに、前庭も塀がないので、セミ・パブリックとなっている。
庭を飾る花は歩く人の目を楽しませるし、
なにもないフラットな芝生は自分でつくったオブジェなんかを置いてみて
ちょっとしたギャラリーみたいにも使えるだろう。
日本の住宅地を歩いていて感じる閉鎖感は薄く、
視界が広い感じがある(一方で日本の路地がもつ迷路のような影のような良さも好きだが)。

一方、プライベートな庭としては道路から家を挟んで反対側にバックヤードがある。
そっちは’見せる’庭ではなく’使う庭。
道具類や物であふれていたりしている。

以前、日本の郊外住宅地を調べていて、高齢化が進む中、
自宅の庭の管理が大変になってきた、という住み手の声があった。
いうまでもなく、塀や生垣で囲われたプライベートな庭である。

いっそのこと、塀を取っ払って、

家ー庭ー塀ー道路ー塀ー庭ー家 となったものを

家ー公園ー公園道路ー公園ー家

としてしまってもよいのではないかと思ったりする。
管理は公共の業者とかコミュニティで協力してもいいだろう。
街中に川のようにずるずるっと伸びる細長くつながる公園が生まれ、
家の中から公園の様子がすぐに見える、みたいな。
プライバシーは高さの違いとか、スキンの工夫で十分解決できるだろう。

都市の建て込んだ住宅地ではまた別のゴールがあるだろうが。
公共スペースの狭さを路地的に楽しむとか。

日本では人口減少が避けられない必然となってきた。
ちなみに、アメリカでは先進国のなかでも人口は維持されていくらしい。
グリーンレイクでもベビーカーを押しながら歩いたり走ったりするカップルであふれている。
人口減少後、日本の都市はどうなるんかな、とときどき思う。
単純に考えて、一人当たりが占めることのできる面積が増加。
現在の生活で使っている空間に、+αの空間が生まれる。
で、これがどういった使われ方をするんかなと思う。
住宅面積が増えるのか、
公園などのオープンスペースが増えるのか、
商業施設が増えるのか(これは人口が減ったら消費者が減って採算とるのが大変そう・・)。

簡潔に考えて、その+αの空間が
プライベートな側にまわってくるのか、
パブリックな側にまわってくるのか。
それによって都市の将来像も大きく変わってくるように思う。
政府が弱くなり経済至上主義となっている状況では、
一部のプライベートな側に回ってしまうのではないかと少々懸念。

山林では、間引きというのがあるけど、
都市に密集するビルも切り倒されて光と風通しをよくする?
それはあまりないだろうけど、中身がからっぽで打ち捨てられるビルは生まれそう。
遺跡となったビルは、空に向かって垂直に伸びる公園にでもなるのか。
あるいは何らかの生産の場とか。
都心で垂直に伸びる農園が自給率を高めるとか。
(ビルの地下で人工照明でなんか作物つくってたのがあったな)

suna君の引用で、
住宅のように様々な場所を持った立体的な公園
というようなイメージがあったけど、
都市全体が公園あるいは森のようになってもいいと思う。
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by ogawa_audl | 2006-05-21 04:40
2006年 05月 20日
追い込まれ
残り2週間ちょっと。
やること山積み。。。

バスの時間との兼ね合いもあって、大学のソファで仮眠をとって朝にバスで家にもどって
シャワーを浴びて、また学校にもどる、という生活。もう以前ほど若くもないので、2日に
一回は家のベッドで寝るようにはしてますが。

普段は料理してるのですが、最近は時間的にも体力的にもきびしい。
パソコンに向かいながら、水→コーヒー→水→オレンジジュース→水→コーヒー・・・
というサイクルで液体生活していたら、大学周辺の店の食事がほんとにヘビーに
感じられるようになってきた。

時間をかけずに日本ぽいものを食べようと家にあったもので用意できたのが、
冷凍してたご飯、永谷園のあさげ、さんまの缶詰。
でもこれだけでも十分。買ってくるアメリカ食よりは、ね。
ルームメイトが缶詰を見て、「キャットフード??」とかのたまった。


ブログ、しばらくお休みかなあ。
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by ogawa_audl | 2006-05-20 15:45
2006年 05月 04日
経過
Thesis(修士設計)の進み具合。
当初のスケッチのイメージを機能的にうまく解けず。
時間があればできたのかもしれないけど、’たられば’はない。
今の自分の実力として受け止める。
スケッチのイメージをサクッと建築的にまとめられるレベルにはまだ
達していない。今後の課題ということで。
Planningを終え、ある程度すっきりとした形に決まってきた。
すっきりと、でも複雑(多様)な空間を。気がつけばここに至っている。
形以外のコンセプトはほぼおさえてあるのでよしとして、突き進む。
アドバイザーのDavid Millerのゴーサインも出たことだし。
最終発表まで残り一ヶ月。
日本でなら正月明けという時期・・

と思ってるうちに、明日はドキュメントの第一回提出。
ケース・スタディの文章打ち込みと、細かな図表の改善が残ってる。
作業って感じです。音楽かけて淡々とやるかな。

ゴールデンウイーク?
どんな雰囲気だったか、もう身体が覚えてないなあ。
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by ogawa_audl | 2006-05-04 21:46