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2005年 03月 31日
今学期とったもの
今学期とった授業は、スタジオ、ランドスケープもの、AutoCADもの、それとヨーロッパものでひとつ。

スタジオは前回書いた通りです。昨日の2回目のスタジオでは先生と個人で話す機会があり、
カーンのもとにいたときの昔話も聞けて、面白かったです。聴く上でも表現する上でも、
もっと英語力が必要だなあ・・ともどかしさも覚えましたが。

ランドスケープは、architecture in the landscape という講義で、
アメリカにおけるランドスケープへの考え方(あるいは自然への考え方)が
学べる云々・・ということらしいので、取ってみました。建築とランドスケープの関係について
なにか新しい発見があればいいなあと思っています。前回のスタジオで感じたことの
延長として取ってる部分もあります。
先生は今年から新しい先生に変わっていました。若い感じの先生でした。

AutoCADは、これを機会にスキルが身につけばいいかなあ、という単純な動機です。
単位がなぜかいっぱいもらえるようでお得感もあります。
先生は非常勤の建築家の方。日本から来た留学生だ、と言うと、
コンテナに住宅のパーツを詰め込んで日本に送っている話や
メートル法や畳割りのことを熱く語られてしまいました。
ちょっと日本好きなのかなあ、と感じました。

遅くなりましたが、卒業・修了した皆さん、おめでとうございます。
新しい環境でも活躍を期待しています。がんばってください。
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by ogawa_audl | 2005-03-31 22:28
2005年 03月 29日
studio in spring 2005
春学期が始まりました。

今回のスタジオのお題は、
「ART LIBRARY」
実際に進行するプロジェクトではありませんが、
なかなか楽しめそうです。敷地はシアトルのダウンタウン。

講師は Anthony Pellecchia という建築家です。
ちなみに奥さんはグラフィックデザイナーで一緒に事務所をしているようです。
(ホームページ→http://www.wpastudio.com/)

彼は、ルイス・カーンの事務所で働いていて、
そのあと、ロバート・ベンチューリの事務所でも働いていたらしいです。
今日のイントロダクションでも、普通にカーンとのやりとりの話が出てきていました。
もちろんその分要求は高そうですが、、それを上回るやる気が出るというもんです。
実はキンベル美術館を見に行ったのも、その準備を兼ねていたりしたわけです。

参考文献で並んでいたのも、
L・カーン、P・ライス、K・フランプトン、R・バンハム、R・ピアノ、C・スカルパ、R・クールハース、などなど。

「きたーー!」
という感じです。期待大です。
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by ogawa_audl | 2005-03-29 11:47
2005年 03月 28日
Kimbell Art Museum 3
再びキンベル美術館に戻り、ようやく内部へ。
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地下で荷物を預けて階段をあがり、あのアーチの天井と採光装置を目にしました。
内部は外観から感じる重たさとは逆に、明るくやわらかく軽い印象でした。
天井面はコンクリートの打ち放しですが、その表面の不均一さが、光の不均一さを生み、
逆にやわらかい自然な印象を作り出しているように感じました。
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そして個人的に驚いたのが、エントランス部分のガラスの透明さ。
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これはいったいなんでだろう、といろいろ観察しながら考えていたのですが、
内部から外部の焦点に至るレイヤリングがそう感じさせているのではないか
というのが自分なりの結論です。もちろん、ガラスのサッシュの上部が室内から
見えないようにしたり、という操作はありますが、中心となるのは、

内部のアーチの天井の明るさの変化→外部を鈍く映すアルミパネル→ガラス→
ポルティコの薄暗い空間→ポルティコの天井面→密集した木々→遠くの木々→明るい芝生の緑

といういくつものレイヤーが重なって見えていることによるのではないかなあと感じました。
重ねることでより透明感を増す、というのは発見でした。そして必ずしも物理的な透明だけ
が透明ではない、ということも。
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また、開口部が少ないこの内部空間で、明るさを感じ、透明感を感じるというのは
やはり光とそれを受ける表面にあるのだろうなあと。
スリット状の開口部から、外部の景色は見えませんが、光は十分に入ってきていました。
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中庭からの光も強く、周囲の壁に開口部を必要としない理由も分かります。また、この
中庭に出ると、美術館内の人の音が消え、再び静けさを感じました。ここにも音のシークエンスを発見。同時に風も感じます。
お昼はここで食べました。野菜中心の自然な味付けでうれしい。レストランもキンベルの勝ち。
↓本当はもっと明るい室内
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外部から見ると、かまぼこ型のアーチの連続体で、システムがはっきりと感じられますが、
内部に入るとその分節はあまり感じず、一室空間のようで自由度があります。
柱が少ないことや、構成を崩すかのように配された中庭がそう感じさせているのかもしれません。

この分節された連続体の屋根、屋根の間の設備や構造、中庭、内部の自由度、という構成を
どこかで見たなあと思ったら、内藤廣さんの安曇野ちひろでした。エントランスや材料は全く異なりますが、基本的な構成はよく似ていると感じます。

見終わって気づいたのですが、西側正面の水盤の水が激しくなっていました。開館時間はこのようにザーザーと勢いよくテレビのノイズのような音を立てているようです。でも個人的には、開館前の静かな状態のほうが、自然な印象を受けて好きなのですが。それが見られた自分は幸運だったのかもしれません。


今回訪れてみて、

「静かな心地よさをつくりだす」

これが今後設計する上での、自分のなかのひとつの目標となりました。

実は今回、南側の半分が、内部の展示の入れ替えで閉鎖さてており、残念ながら見れませんでした。それは次の機会に。
また来るだろうなあ、とそう感じさせる美術館でした。


オマケ
↓駅で見つけたベンチ。キンベルの採光装置から来てるよなー絶対、と。
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by ogawa_audl | 2005-03-28 11:44
2005年 03月 28日
Kimbell Art Museum 2
キンベルの開館まで時間があったため、隣のフォートワース現代美術館へ。
リチャード・セラの巨大な作品が、美術館の外に立っています。その内部の音体験がおもしろかったです。
↓セラの作品の内部から見る
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↓コンクリートの囲いの内側の庭から見る
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兵庫県立近代美術館と同じような印象を受けました。
規模も展示内容も異なるので、比べることに意味があるのかは分かりませんが、
敢えてキンベルと比較して感じたことをいくつか。

フォートワースは閉じられた印象でした。
水盤のある庭もコンクリートの壁で囲まれています。
閉じることで内部に別の世界を作り出し、その内部に入るためには
物理的な’壁’を通ってから入るという印象です。
これに対し、キンベルは木々や、音の変化による’領域’を作り出すことで
内部世界へといざなっているように感じました。この差は大きい気がします。

フォートワースではガラスが多様されていますが、内部からはひどく
不透明に感じました。青みがかったガラスの壁でした。
また、奥行きのあるサッシュが余計に視界を狭めていると感じました。
内部に光をもたらすとか、内部から外部を眺めるためのガラスというよりは、
外部から見られるためのガラスなのではないかとさえ感じました。

水盤も単調でフラットな水面でしかなく、外部から見たときに
特に夜間にライトアップされたときに建物を映す、という以外の
意味はあまり感じなかったです。閉じられた世界の中の水であるから
余計にそう感じたのかもしれません。

ディテールへの感動も残念ながらなかったです。
コンクリートの質が、日本で見る安藤さんの作品よりもかなり落ちていたので
やや気の毒ではありました。あの美しいコンクリートの表面の仕上がりが、安藤作品の重要な
ポイントのひとつでもあると思うので。

フォートワースは、総じて、外部からの見え方を意識した、
外から作られた美術館であるという印象です。

逆に、キンベルは内から作られた美術館なのではないでしょうか。
正直なところ、キンベルの外観は決してカッコいいとはいえないと思います。
設計の課題などで、あのカタチを提出できる学生はきっといないのではないでしょうか。
でも、そこでの体験をしてしまうと、外観など小さなことなんだ、と思えてしまいます。
もっと重要なことは、その内部での空気がいかなるものを作り出せているかというか
ということのように思います。

これは写真では伝わらないですし、ましてや計画段階でのプレゼンテーションで
伝えることは困難だろうと想像します。

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by ogawa_audl | 2005-03-28 10:36
2005年 03月 28日
Kimbell Art Museum 1 
キンベル美術館に行ってきました。自分にとっては初めて見るルイス・カーンの作品。
ここで見たこと感じたことを写真を添えて書いてみようと思います。自身の記録としても。

キンベル美術館は、テキサス州フォートワースのダウンタウンからバスで10分ほどの文教地区にあります。敷地の北側は大きめの自動車道路、西側は芝生の広場、南も公園、東には駐車場の向こうに安藤忠雄氏設計のフォートワース現代美術館があります。
僕は北側の道路でバスを降りて、西側の正面エントランスへと向かいました。

↓参考
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↓北道路より
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↓エントランスへ
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↓水盤とポルティコ(庇部分)が見えてくる.奥の密集した緑の左奥がエントランス
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↓美術館西側の芝生広場より見る.木に覆われてはっきりとその姿は見えない.
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↓南側より見る
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この日は金曜で、着いたときはまだ開館前だったので、美術館の周りをゆっくり見てまわりました。連続する屋根のアーチは、想像していたよりも大きく感じられました。

光は言うまでもないのですが、予想外の発見がありました。

音のシークエンスです。

エントランスへ向かう階段では木陰を歩き、

次に砂利が敷かれた部分を歩く。ここではザクッザクッと、神社を歩くときのような音が生まれる。そして、様々な種類の鳥の鳴き声が聞こえる。

そうしているうちに水盤が見えてくる。上の段から下の段へと水がポタポタと落ちる音がする。

ここには静寂がある。

自分が日本人だからだろうか、小さな神社の境内を歩いた体験がよみがえる。
木立の中を、砂利を踏みしめながら歩き、そして御手洗が現れる、あの感じ。
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階段を上り、エントランス部分にグリッド状に植えられた密集した木々の部分へ。
ここで、鳥の鳴き声が多い正体が分かる。鳥の巣がそこらじゅうにある。
一見人工的に見えるグリッド状の木々が、多くの鳥の住処となっているのがおもしろい。
しかも人間が行き交うエントランスのすぐ頭上である(鳥嫌いのひとにはちょっとコワイかも)。
この木の植え方、ユダヤ博物館にも似たようなものがあったような。
そしてここでも足元は再び砂利となり、それを踏みしめる感触と音を感じる。
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そこを抜けると正面エントランス。まだ閉まっていましたが(金曜は昼12時開館とのこと)。
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次にエントランスから横にそれて、ポルティコ部分へ。
ここで再び音について驚く。

水の音が消えていた。

静寂の中の静寂とでも言うのか。静寂に段階があるともいえる。
そしてそこには、音も動きもない、鏡のような水面があった。
少しの段差が音を消していたのが驚きだった。
聴覚的にも視覚的にも静寂がある。
静か過ぎて、逆に道路を行き交う車の存在が感じられた。

そして自然とポルティコの下で、トラヴァーチンのベンチに腰掛け、水面とその向こうの緑を
しばらく眺めていた。屋根の隙間からは、光が落ちている。
これらのベンチは、壁沿いと水盤近くに交互に置かれているが、全て水盤と広場のほうに向けて配置されている。
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静寂が心地いい。
威圧や恐怖とは違った心地よい静寂がここにはある。

モダニズムが捨ててきたものは、これかもしれない、と感じました。
モダニズムから距離を置いて、人間、自然、あらゆるものの存在・根源を
考え続けたカーンだからこそ、この空気を作り出せたのかもしれないなあ、
自分にこの空気が作れるかなあ、なんてことを考えていました。

つづく・・
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by ogawa_audl | 2005-03-28 06:31
2005年 03月 28日
冬学期を振り返る
明日、と言いながらだいぶ時間が経過してしまいました。すみません。ちょっと遠出していました(これに関しては後ほど)。

さて明日から自分にとっての第3ターム目である、春学期がスタートします。
その前に、終えたばかりの冬学期についてざっと振り返ってみます。

昨年の秋からスタートした留学生活。最初の秋学期は、何がなにやら全てが分からないことだらけで、目の前のことを必死に乗り越えるので精一杯、という感じでした。

そして、年明けから始まった第2タームである冬学期。ある程度どんな流れで進んでいくかが予想できる分、楽になったと同時に、冷静に見ることができ、それによってここの教育の枠というか限界のようなものも見えてきたというのが本音です。もちろん、日本ではないようなプログラムもあるので、得られるものも多いのは確かです。2ヶ月半の間に身につけることができたスキルや新たな思考(思考に関しては必ずしも授業と関係なかったりするわけですが考えるきっかけが得られたのは事実)というものは、終わってみて実感できているので、不満を感じた時期もありましたが、やってよかったと思います。

2ヶ月半のプログラムで得られるものを明確にし、得られないものは自分で何とかする、というように、ある程度分けて考えるようになったように思います。全体像が見えるようになったからこそでしょう。

そういう意味で、明日から始まる春学期で、ようやく地に足をつけて学ぶことができると言えるのかもしれません。

そしてもうひとつの自分への発見。
スタジオの発表は、ワインを飲んで少しいい気分になったほうが、調子よくしゃべれる。積極的に議論もできる。
普通は自分の発表が終わってから飲むのですが、僕の発表が休憩を挟んでかなり後の方だったため、空腹も手伝って、我慢できずに飲んでしまいました。結果的にはそのほうがうまくいったわけですが。場も盛り上がりましたし(あくまで議論でですよ)、逆にこちらから講評に来ている建築家の方々に疑問をぶつけたりして、個人的には、単なる発表以上の有意義な時間になったように思います。

今後も奥の手として使うかも・・
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by ogawa_audl | 2005-03-28 03:34
2005年 03月 18日
とりあえず終了
昨日スタジオの最終発表があり、今日別の授業の最終発表が終わって、
ようやく冬学期が終わりました。
今学期は期間がほかの学期よりも短いのですが、逆にしんどかったような
気がします。やや鬱々とした時期もありましたし。

今学期のまとめは明日にでも。
今日は頭が働いてくれそうにないので少しスイッチをオフにします。
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by ogawa_audl | 2005-03-18 12:03
2005年 03月 13日
sakura
今学期もあとわずか、そして最終発表会。追い込みです。

息抜きで大学らしい大学の部分(神戸なら六甲台でしょうか。建築は端っこにあるので、
普段はあまり大学の中心に行くことがないです。)を散歩したら
満開の桜に遭遇しました。そして日本を思い出してみたり。
こっちのひとも桜をみるとなんだか嬉しそうです。
写真を撮ったり、昼寝したり、本を読んだり、子供とボール遊びしたり、桜の木に登ってみたり、
みなさん思い思いに楽しんでいるようでした。
アルコールを飲んでいる人は見かけなかったですね。
でも教えたら、流行るかもしれませんね。
なにせみなさんよく飲みますから。
美味いビールが飲めるように、あと数日がんばらねば。
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by ogawa_audl | 2005-03-13 15:19